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#11. Side柊二 〜莉子がいない日々〜
「柊二、お前そろそろ結婚したらどうだ。尚美ちゃんも適齢期だろう」
リッカビールに入社し仕事に明け暮れる日々を送って約2年が経った頃。
プライベートな場で顔を合わせた父に突然こんなことを言われた。
薄々感じていたが、父はどうやら家族ぐるみで付き合いのある新堂家の末娘である尚美と俺を結婚させたいらしい。
新堂家は、大手化粧品会社SHINDOの創業一族だ。
尚美の父親であるSHINDO社長とうちの父は学生時代からの友人だそうで仲が良い。
そのため新堂家の子供達とも幼少の頃からよく顔を合わせていた。
尚美は兄2人を持つ、3人兄妹の一番末っ子で、俺より5つ年下だった。
現在31歳の俺と26歳の尚美は、年齢の釣り合いもちょうど良いと思われているのだろう。
「尚美ちゃんは小さい頃からずっとお前を慕ってくれているではないか。あんまり待たせすぎるのは可哀想だ」
「俺のことより、兄さんが先じゃないですか」
「確かにそれはそうなんだが」
兄の慧一は38歳にしていまだに独身だった。
兄は女嫌いなところがあり、結婚どころか彼女すらいないのではないかと思う。
「俺はまだ会社に入って日が浅いですし、しばらくは仕事のことで手一杯です。まったくその気はありませんので」
ハッキリそう言い切ると、父もそれ以上は何も言ってこなかった。
約束を反故して命令に近い形で会社に入れたことに少しは思うところがあるらしい。
仕事を理由にすれば父が強く言えない様子であることは察していた。
“結婚”というワードが出てきたその翌日、仕事の合間に俺は一人車を走らせる。
向かった先は、都内にある私立大学だ。
大学の正門近くに車を停めて、ぼんやりと行き交う学生を眺める。
ここに来るのは初めてではなかった。
1年に2〜3回、つい足を運んでしまう。
なぜなら莉子が通っているはずの大学だからだ。
莉子に別れを告げた後、莉子はあのコンビニを辞め、携帯の番号も変えてしまったようだった。
連絡の取りようもない莉子と会えるとするならば大学だろう。
自分から振っておいて会う資格なんてないのだが、父から結婚を勧められたこんな時には、つい莉子への気持ちがいっぱいになる。
後にも先にも、あんなに好きだったのも、特別だと思ったのも莉子だけだ。
結婚なんて、するなら莉子以外には考えられない。
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