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六時には全員が食堂のテーブルに着いていた。
細長い巨大なテーブルが、やはり細長い部屋の中央に重々しくあった。
テーブルの長いほうの辺に椅子が八脚づつ、そして短い辺に一脚づつ、合計で十八人が座れるように出来ている。
しかし、今はその端に五人分のナプキンとナイフ・フォーク類、それにスープ皿がセットされているだけだ。
そして奇妙な事に、もう一方のテーブルの端に、大画面のテレビモニターとビデオデッキが置かれている。
とりあえず明彦がテーブルの短い辺に一脚ある椅子に腰掛ける。
そして、その右に喜久雄と友子夫妻が、左に深雪と孝子が並んで座った。
明彦は長いテーブルを挟んで、テレビモニターと向かい合う形となった。
食堂が細長いために、天井には五つのシャンデリアが下がっていて、そのどれもが眩く光っていた。
両側面の壁には、絵画がずらっと並んでいる。
「ねぇ、あれ本物のユトリロよ」
孝子が絵の一枚を指差して深雪に言ったが、彼女は聞いていなかった。
彼女は食堂の入り口のドアに掛かっている金属製の笑い顔を見ていた。
それはどう考えても、この部屋とは不釣り合いに思えた。
奥の扉が開いて、鹿島がタキシード姿で出てきた。
まるで何かの式典が始まるような裝いだ。
その後ろからコック姿の小柄な初老の男と、そしてその男よりも小柄な、男と同年輩と思われるエプロン姿の女性が出てきた。
「紹介しておきましょう」
鹿島が後ろの二人を手で示した。
「こちらは牧野ご夫妻。
この屋敷の家事一切をまかなっております」
牧野夫妻はペコリと頭を下げた。
「何か御用がありましたら、遠慮なく私共にお申し付けください。
お部屋のインターホンは私共の部屋に繋がっておりますから…」
牧野はそれだけ言うとまた頭を下げ、そして奥に消えて行った。
牧野夫妻の後に付いて奥に行こうとした鹿島を、明彦が呼び止めた。
「おい、鹿島。
あのテレビは一体なんだ。
気になってしょうがない」
「ああ、あれは後でご説明いたします。
それよりも、こちらの料理はなかなかですよ。
では、食事の後で…」
そう言って奥に引っ込むのと入れ代わりに、牧野婦人がワインを持って出てきた。
料理は次から次へと運ばれてくる。
鹿島の言う通り、料理はどれも文句の付けようがなかった。
食事が全て終わり、テーブルの上がほとんど片付いた頃、再び鹿島が入ってきた。
手に分厚いノートのような物とビデオテープを一巻持っている。
「まず私の自己紹介を簡単にしてしまいましょう。
私は鹿島といい本業は弁護士です。
東京に法律事務所があります。
主な仕事は雷音寺雅則様の財産管理と、そして個人的な秘書の役目も果たしております。
では、そろそろ本題に入りましょう」
彼はテレビの横に立ってビデオテープを置きノートを広げる。
「確認のために順を追って話を進めてまいります。
まず、明彦様、喜久雄様、深雪様、孝子様、そして先日不幸にもご病気で亡くなりましたご長男の雅則様。
この五人の方が、今は亡き雷音寺重吉様の忘れ形見という事になります。
ただしお母様は違いますね。
ご長男の雅則様、次男の明彦様、そして三男の喜久雄様は最初の奥様、時枝様のお子様。
そして時枝様がご病気でお亡くなりになった後の二度目の奥様、恭子様のお子様が長女の深雪様と次女の孝子様という事になります。
間違いありませんね」
鹿島は一通り全員の顔を見回した後、再びノートに視線を戻した。
「では続けましょう。
孝子様がお産まれになって半年後に不幸な事故が起きました。
雷音寺重吉様と奥様の恭子様が乗った飛行機が、羽田沖に墜落したのです。
今からニ十三年前の事です。
お二人共に帰らぬ人となりました。
不幸中の幸いは、まだ生後六ヶ月だった孝子様を乳母に預けていった事でしょう。
当時、雅則様はニ十ニ歳、明彦様が十九歳、喜久雄様が十五歳、深雪様が七歳、そして孝子様はさっきも言った通り生後六ヶ月でした。
ここまで、よろしいですね。
では先を続けます。
この時すでに雷音寺重吉様は弁護士に遺書を託しておりました。
自分に万が一の事が起こっても困らないようにとの配慮だったのでしょうが、まさかこれほど早く開封される事になるとは、思ってもいなかったに違いありません。
ちなみにこの時の弁護士とは、私の父です。
そして、その遺書の内容は次のような物です。
1、五人の子供の内、自分の死亡時点で成人に達している者に、財産を均等分配する。
2、五人の子供の内、自分の死亡時点で成人に達していない者がある場合、財産を均等分配された者が均等に、その者が最終学業終了まで、学費及び生活面での一切の面倒を見る事。
3、五人の子供の内、自分の死亡時点で成人に達していない者は、最終学業終了後、財産均等分配者より五千万円の支給を受ける権利があり、財産均等分配者は均等にこれを支払う義務を負うものとする。
以上が雷音寺重吉様の遺言の主な部分です。
いささか込み入っているように聞こえるかも知れませんので、実際の例に当てはめて説明して行きましょう。
まず、雷音寺重吉様が亡くなられた時点で成人されていたのは、五人の相続者の内の雅則様ただお一人でした。
従いまして、雷音寺財閥の全財産を、雅則様お一人が受け継ぐことになりました。
雅則様は重吉様の遺言に従い、明彦様、喜久雄様、深雪様、そして孝子様に対しまして、学費及び生活費、あるいはそれ以上のご援助をなさってきました。
そしてもうひとつ、明彦様と喜久雄様は大学を、深雪様は短大をご卒業時点で、五千万円の最終支給を受け取られているはずです。
孝子様に関しましては、現在も大学院のほうに在籍しておりますので、最終学業終了とは言い難く、従いまして第3項には当てはまりません。
つまり雅則様は、全ての責任を確実に果たしたのです。
ここまではよろしいですか?」
「何が責任を果たしただ!」
明彦が吐き捨てるように言った。
「兄貴は財産を独り占めしただけじゃないか!
自分だけこんな所で優雅に暮らしやがって」
「そうよ、五千万ぽっちでごまかして!」
深雪が感情的な声を上げる。
鹿島はコホンと小さな咳払いをしてから、再び口を開いた。
「ここでお間違いのないようにご注意願いたいのは、雅則様がお一人で財産を相続なさったのは、雅則様が勝手になさった事ではなく、あくまでも皆様のお父上の意志だという事です。
それにもうひとつ、雅則様は結果的に財産に手を着けていないという事実です。
それどころか雅則様は、その独自な才能で現在まで着実に財産を増やし続けてきたのです。」
そこまで言って、鹿島はパタンとノートを閉じた。
「この屋敷もこの生活も、雷音寺家の財産とは全く関係がありません。
雅則様が自らの手で築いたものです。
ですから、もし雅則様が雷音寺家の財産を独り占めしたんだと思い込んでいる方がいらっしゃったら、それは間違いです。
その点に誤解がありませんように」
「独自の才能って、いったいなんだったんですか?」
喜久雄が聞いた。
「皆様方ご兄弟は、お互いに全くの音信不通状態でしたので、知らないのも無理はありませんが、雅則様にはゲームの才能があったのです」
「ゲーム?
ゲームって将棋やトランプなんかの、あのゲーム?」
深雪が不思議そうに鹿島に尋ねる。
「そういえば、兄貴は学生の時そんなクラブに入っていた気もするが…」
明彦が思い出したように言う。
「そうです。
深雪様が言いました通り、将棋やトランプなどのゲームのことです。
ただし、ゲームと一口に言いましても、その数は無限に近いほどあります。
雅則様はそのほとんどを研究され、そして精通しておりました。
現在、雅則様のゲームに関する著者は十六冊、そのうちの十ニ冊までが世界中で翻訳されております。
残りの四冊は碁と将棋に関するものなので、世界にとまではいきませんでしたが、国内では現在も売れ続けております」
鹿島の話を聞いて、五人とも少なからず驚いた様子だった。
彼らは兄弟としては、あまりにもお互いの事を知らなすぎた。
それぞれが学校を卒業して自由になると、自然に離れていき、そして全くお互いに連絡する事もなくなった。
誰がどこでどのような生活をしているのか。
結婚しているのか、いないのか、生きているのかいないのかさえ、お互い知らずにいた。
それには幾つかの理由があった。
雅則が人里離れた山の中の屋敷にこもったことも、そのひとつだろう。
しかし最大の理由は、明彦と喜久雄と深雪の三人が、五千万円という手切れ金同然の金を持たされて、雅則に追っ払われたと心の奥で思い続けている事だ。
そして、現在この三人が、決して成功者とは言いがたいのも、お互いに連絡の取れない理由のひとつとなっている。
鹿島が話を続ける。
「雅則様がお亡くなりになりましたのは、今から約三ヶ月前の、今年の一月十六日、死因は癌でした。
こちらから連絡したにも関わらず、葬儀に来ていただいたのは、確か孝子様お一人でしたね」
孝子はうつ向いたまま、寂しそうに小さくうなづいた。
「なんだなんだ、当て付けがましく!」
明彦が露骨に嫌な顔をする。
「葬式に行こうが行くまいが、勝手じゃないか!
それとも何か?
葬儀に出席した者しか遺産相続の権利がないって言うのか?」
「いえいえ、そんな事はありません」
鹿島は冷やかに笑うと、首を振って否定した。
「私は牧師ではありません。
従って心情的な事をとやかく言うつもりもありません。
それは遺産相続とは何の関係もない事です。
ここで重要な事は、雅則様がその短い生涯を独身で通され、遺産を受け継ぐべき妻も子供もいないという事です。
現在、雅則様の遺産を相続する権利のある者は、明彦様、喜久雄様、深雪様、そして孝子様の四人だけです。
その事は、遺産相続の書類に、一応明記してあります」
「あの…
一応というのは、どういう意味ですか?」
喜久雄が不審そうに尋ねた。
「それは私の口から説明するより、雅則様本人がご説明したほうがいいでしょう」
いったい鹿島が何を言っているのか分からず、呆気に取られている五人には構わずに、彼は持っていたビデオテープをセットし、そして再生した。
大画面のテレビがパッと明るくなり、そしてそこに映し出された映像は、こちらに向かって微笑む雷音寺雅則の姿だった。
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