欲望という名のゲーム

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           4 「やぁ、諸君。 とりあえず久し振りと言っておこう」 テレビの中の雅則が、屈託のない笑顔で言った。 あの黒い金属の笑顔と同じだった。 「雅則兄さん!」 孝子が驚きのあまり、思わず声を上げた。 それは不思議な映像であった。 テーブルを挟んだ向かい側の席に、まるで雅則が本当に座っているような錯覚を起こさせた。 テーブルの上に置かれた大画面のブラウン管の中に、現実のテーブルを延長した映像が見事に映っている。 その虚像のテーブルの端に雅則が座っている。 現実と虚像との奇妙な融合体と化したテーブルは、五人の観客を不思議な錯覚に陥れる事に成功したのだ。 雅則の前には、一本のワインとワイングラスが置いてあった。 「まずは再会の乾杯といきたいね」 テレビの中の彼がそう言うと、食堂の奥のドアが開いて、牧野がワインとワイングラスを五人の前に運んできた。 そしてワインを注ぐ。 それは雅則の前に置かれたボトルと全く同じワインだった。 画面の中では、雅則が自分でワインを注いでいた。 紅色のワインを中程まで満たしたワイングラスを、目より少し上の高さまで上げて、 「では乾杯! 再会と、そして諸君達の健康を祝して。 この際、私の健康は除外するとしよう」 彼は一気に飲み干す。 その後、少し感心したようにワインのラベルを見ていた。 「うむ、今年のヌーボーは、なかなかいい出来だ」 それから再び正面を向く。 「そうか、孝子はアルコールが弱かったね。 では好物のアイスクリームでも用意させよう。 そのほうがいいだろう」 まるでタイミングをはかったように、牧野が孝子の前にブルーベリー・ソースのかかったアイスクリームを持ってきた。 「おい!これはなんの猿芝居だ!」 明彦が鹿島にくってかかった。 鹿島は人差し指を唇にあて、静かにというジェスチャーをした。 画面の中の雅則が、またワインをグラスに注いだ。 そのグラスを持ったまま話を続けた。 「こうしてわざわざみんなに集まってもらったのには、実は訳があるのだよ。 この私の体はすっかり癌におかされていてね。 医者が長くてもあと三ヶ月の命だと保証してくれたよ。 もっとも、このビデオを見ている諸君達は、その事も、そしてその結果もすでに承知しているはずだがね。 体調が悪いので病院に行った時には、もう打つ手がなかったのだよ。 よって、今の私の唯一の薬はこれだけだ」 そう言ってワイングラスを振ってみせた。 孝子の顔が悲しそうに曇った。 「孝子、そんな顔をしないでくれ」 テレビの中の雅則の顔も、悲しそうに曇る。 「人は生まれ、そして死んでゆくものなのだよ。 人の一生はシャボン玉のようなものさ。 この世に生まれた瞬間から、消え去る運命を背負っているのだよ。 だからシャボン玉は美しい。 儚いからこそ、価値がある。 …分かるね、孝子」 孝子がコクリとうなずいた。 幻と現在が、不思議なやり取りをした。 「さて、そろそろ本題に入るとしよう」 雅則の顔に、再び笑顔が戻った。 「今も言ったとおり、私の命はあと三ヶ月なのだよ。 そこで、どうしても考えなくてはいけないのが、私が父から譲り受けた財産についてだ。 私はこの重荷をやっと降ろす事が出来るよ。 いくら父の意志とはいえ、それは私にとって重すぎる十字架だったよ。 諸君達も私の事を恨んだと思う。 その気持ちも、よく分かるつもりだ。 そこで私の死後、そのような不公平がおきないような遺産相続の方法を取らなくてはならないと思う。 それには二つの方法が考えられる。 まず、財産を均等に四人に分けてしまう方法。 これが最も正しい最善の方法なのだろうが、…しかし同時に、最もつまらない方法とも言える。 そこでだ、私はあえて第二の案を実行する事にした。 つまり、財産を独り占め出来るチャンスを、四人に平等に与えるという方法だ」 ガタンと椅子が鳴る音がした。 誰かが腰を浮かせたらしい。 「私はゲームが好きだ。 この世もまた、終わりなきゲームだと思っているよ。 世界というゲーム盤の上で、人間という駒を使った、天空の神々がなされる、複雑にして遠大なゲームなのだと。 歴史という名のゲームだよ。 このゲームの中で雷音寺雅則という駒は、その役目が終わったらしい。 だから盤上から取り除かれる時がきたのだ。 それだけさ」 雅則はワインを口に運んだ。 「そしてまた、ゲームは人を振り分けるフルイだとも思っているよ。 それは勝者と敗者を分けるのではなく、賢者と愚者を分けるフルイなのだよ。 賢者は全てを得て、そして愚者には何も残らない。 オール・オア・ナッシング。 全てかゼロかだ。 そこで諸君達にもゲームをやってもらう事にした。 …そう、私の手の中にある、全財産を賭けたゲームをね」    
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