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「ね、エル。あそこの屋台のお肉、美味しそう。食べない?」
婚約破棄が嬉しくてたまらない私は、はしゃぎながらエルの腕を掴み、さっきからいい匂いを漂わせている串焼屋の屋台を指差した。
「ミュリア様……食べ歩きなど……」
「はしたない、とか言わないの。いいじゃない。今までいろいろ我慢してたのよ。妃たるもの口を小さく上品に食べなさい。妃たるもの声を出して笑ってはいけません。妃たるものいつも口角を少し上げ、微笑みを湛えなさい。妃たるもの、妃たるもの、妃たるもの……ああああああああ、もう、うんざり!!」
妃教育の先生であるファブラー夫人の口真似をしつつ、妃教育の厳しさを思い出してはブチ切れてしまう。
「……まぁ、たしかにミュリア様のようなじゃじゃ馬……もとい、お元気な方は大変でしたでしょうね」
私に同情してるのか、ファブラー夫人に同情してるのか、エルが小さく溜息をついた。
小さい頃から私の侍女兼教育係だったエル……絶対にファブラー夫人に同情している気がする。
「……今、じゃじゃ馬って言ったわね? じゃじゃ馬上等よっ。妃よりじゃじゃ馬の方が楽しいわ。それもこれも、殿下が私を婚約者に選ぶから!!」
忘れもしない8歳殿下誕生日パーティー。彼は婚約者に幼馴染でもある私の名を上げた。
「僕はミュリアと結婚したいんだ」
いやぁ……パーティーに出てきたケーキを口の中いっぱい頬張っていた私は驚いたわよ。木登りも、剣勝負も、かけっこも、川泳ぎも、全部私に負けてたあの泣き虫殿下が私を選ぶなんて思わないじゃない?
も、そこからは地獄の日々。妃は、妃は、妃は、妃は……うるさぁぁぁい!!
だから、婚約破棄を言い渡された時は耳を疑った。まさか、こんな日がくるなんて。
まぁ、後から事情があったと知ったけれど。だって、私、そんな事情知らなかったもん。だから、素で婚約破棄喜んで受けちゃったし。あのゴタゴタで本当に婚約破棄されたみたいだから、うふふ……これで、私はお役目御免。
殿下、他のご令嬢とお幸せに!
私は王都の方角に向かって、目を瞑り、手を合わせた。途端……
「ミュリア!」
空耳が聞こえた。
「ミュリア!!」
うん、きっと空耳。こんなところにいるわけないじゃない。だって、ここ王都からえらい離れた辺境の田舎ですよ? 疲れてるのかしらね、私も。
「ミュリア!!!」
空耳、しつこいな。
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