20人が本棚に入れています
本棚に追加
③キレイ
映画館の仕事は、初めてのことだらけだった。僕は初日から自分の弱点と向き合うことになった。
「シニアの値段は1000円です。」
「あぁ?」
「せ、1000…えん…です。」
「はーい。」
お年寄りと会話が上手くできない。耳が遠いのに補聴器をつけないお年寄りは意外といることを知った。おまけに僕は声が小さいし、人を前にすると緊張するタイプだ。接客には自信がない。
休憩中は、結に見つからないだろうと思う場所でアイコスを吸う。それは家の裏だったり。喫煙をやめようと思ったけどやめられなかった。別に悪いことじゃないけど、喫煙をする理由がないと思っていたからやめようとしていた。でも、できない自分に嫌気がさしてそれが喫煙の理由になってしまった。
「…カッコわる。」
結は、売店でちゃんと役に立ってる。接客も販売も発注も完璧だし、受付でも愛想良くて、お年寄りにもニコニコ笑ってもらえてる。映画の話もできるから、常連のお客さんの話し相手になってるところも見かける。
ある意味、僕が提案した転職なのに。自分が情けない。僕、全然役に立ってない。
「糸、みっけ。」
ちょうどアイコスを口に咥えている時だった。
「わ、わ!違うよ、コレは…。」
「ん?」
別に結は喫煙を咎めるような人間じゃない。それは分かっている。
「飯、食うよ。」
「あ、え?」
「煙で腹一杯にしたら体壊すよ。」
「そんなつもりはなくて。えと。」
今まで、結の前で喫煙してるところを見せたことがなかっただけに悪いことをしている気分になった。別に隠すことでもないから、良いんだろうけど。
「お昼、食おうよ。な。焼きそば作ったし。」
「あ、うん。ありがとう。」
お昼はうちで食べていて、ご飯は主に結が作ってくれた。料理、僕も作れるけど結の方が1000倍上手だった。結の作る焼きそばにはウインナーが乗っていて、気まぐれで1個タコさんウインナーになってる時があった。
「なんか考えてるだろ、糸。」
「え。」
焼きそばを3口ほど食べた頃言われた。
「接客できねーな、とか。」
「う」
「図星か。」
「うー。」
結の問いかけが怖い。僕が全く仕事ができないことを見抜いている。
「僕と結が、同じ給料で働いてるのが申し訳ない。そもそも僕が給料もらって良いのかな。」
僕は弱気に恐る恐る伝えた。
「だっせーこと考えてるなあ、糸。」
結の顔を見た。
「だいたい、接客やったことないだろ?できない今をもっと楽しめよ。わかんねーって最高だろ。」
「は?」
「これからってことじゃねーか。」
「そんなの他人事だから言えるんだろ?」
「糸は他人じゃない。俺は他人に焼きそば焼くの御免だね。」
結は、そう言って焼きそばを次々口に入れる。少し怒ってるように見えた。僕は、黙って焼きそばを食べる。
「向いてる向いてないじゃない。仕事できるできないじゃない。今はまだまだできないのが当たり前だ。始めたばっかだろ。一所懸命やってんだから、自分を惨めに思うな、成長止まるからよ。な?」
僕は、箸を止めた。結の言ったことが胸を締め付ける。
「自分から言ったのに…転職。始まったらなんもできなくて、悔しくて。できる結が羨ましくて。僕、勝手に比べて凹んで…。」
結が、僕の皿にタコさんウインナーを乗せた。
「糸の方に入れたつもりが、俺の方にいたわ。」
ちゃんと赤いウインナーで作ってある。
「うわ、かわいい。」
「それ食って元気出せよな。」
「ありがとう。」
最初のコメントを投稿しよう!