①結ばれた糸

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①結ばれた糸

親が育てにくい子ども。 僕は、そんな子どもだった。 気持ちを表に出すのが苦手でなんでも遠慮していた。親に対して何故か距離を取ってしまう。妹はなんでも堂々とずけずけとものを言って自分の望みを叶えていく。僕とは正反対で義父も母も妹を可愛がった。 僕は、母の連れ子で妹が生まれる前は義父が母と仲良くするためにたびたびベランダに出された。鉄格子越しに見える近所の外壁には窓を目指してサンタのよじ登るイルミネーションライトが見えた。しばらく眺めていたけど寒くて寂しくて中を覗くと母に義父が覆いかぶさっているのが見えた。そんなことがよくあったから近所からはよく警察に通報が入ったようだ。その度に何人かの大人がうちに来て様子を見ていった。妹が生まれてからは度々、母の実家に預けられた。 「この子、育てにくいんです。」 母は、被害者のような顔で子育て支援の先生に僕のことを言った。 「この子の妹は本当に子どもらしくてかわいいのに。この子は…愛想なくてどこか大人びていて、なんというか、私、遠慮…してしまって…。上手く向き合えないんです。」 子育て支援の先生は僕と母を交互に見た。 「では、育児放棄ではない。と?」 「はい。ただ、私とこの子の性格が合わないだけ…かと。でも、育てるのに疲れました。」 「……わかりました。児童保護施設でお預かりします。手続きは…」 僕は、8歳だった。 白鳥が降り立つ川のそばに児童保護施設があって名前は白鳥園だった。そこに連れて来られて義父が最後に。 「糸くん、君の父親になれずごめん。もしかしたらこの先、新しいお父さんやお母さんに会えるかもしれない。どうか幸せになってね。」 そう言った。僕はなにも、この人を好きとも嫌いとも思っていなかった。母は、僕が家を出る前には妹と遊んでいて僕には目もくれなかった。もうこの人たちに会うことはない。 この施設には、いろんな子どもがいる。 僕のように親の都合で途中から一緒に暮らせなくなった子、病院に捨てられていた子、災害で親を失った子…。 「おい、新入り。」 マウントの取り合いはどんな場所にも存在する。だから、こんな子どもの仮置き場みたいな場所でも。 「いいこと教えてやる。」 「え。」 「とりあえず、名前なんだ?」 「深沢糸。」 「ふかさわ いと?いとってどう書くんだよ。」 「え、毛糸の糸。」 「変わってやがんな。俺、遠藤結。」 「えんどう ゆわえ?ゆわえって」 「結ぶって字で結。」 なんか、変な引き合わせだと思った。糸と結だなんて。 「ゆわえくん、良いことって?」 「明日のおやつ、みかんゼリーなんだ。」 このパターンは、きっと僕の分を結に渡せということなんだろう。2つも食べようなんて意地汚いやつだ。 「だけど、発注ミスで」 「え」 「1個だけ、ぶどうゼリーなんだ。」 「え」 「だからもし、どっちかが、ぶどうゼリーだったら半分ずつにして、みかんとぶどう2人で食べよう。」 「え」 ビックリした。意外と優しい。 「だって糸も、どっちも食べたいよな?」 「う、うん。」 「よし!決まりな。」 結は、その時9歳の終わり頃だった。 8歳の時に両親を事故で亡くして、祖父母は認知症の曽祖父母の世話があり、結の面倒を見ることができなかったそうだ。結の性格は明るく年下の子どもの面倒はよく見ている。協調性が強い。 「あー、どっちもみかんだったー。」 みんなが集まる部屋でオヤツをもらって。僕と結はゼリーを見せ合って少しがっかりした。 「まあ、これ美味いからいいか。」 オヤツは自分の部屋で食べることになっている。みかんゼリーを手に2人で部屋に戻った。 「じゃあ、いただきまーす。」 「いただきまーす。」 2人一緒にゼリーを口に入れた。 「うまー。」 「おいしい。」 クリスマスが近づく冬の日、その時食べたみかんゼリーは驚くほど美味しかった。
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