②埋め合う

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結が僕をここに連れてきたのは、それから1週間後だった。元々は結の祖父母の持ち物で、遠い親戚の人が空家バンクに登録したらしい。結が、市役所にたまたま行ってたまたま見つけた空き家が調べてみたらそういうことだったらしい。 平家の一戸建てで、部屋はキッチンを含めて4つ。お風呂とトイレは別々で、洗面所兼脱衣所には洗濯機置き場がちゃんとある。終の住処的な気持ちでなければこんなコンパクトな家は持たないだろう。外観はともかく中はリフォームされていて住みやすそうだし、家賃は1ヶ月6万円で駐車場代も含まれている。 ただ、今のお互いの勤務地から遠かった。通勤には電車で1時間かかる。 「遠いか。やっぱ。」 「うん。」 ちなみに、前に結に連れて行ってもらった古い映画館には徒歩1分で行ける。目の前だ。この家から見えるのは映画館の裏側。なんていうか、背面はただの四角い建物だ。 「映画館の裏に住んでたのか、あの人たち。」 結は、自分を守ってくれなかった祖父母をおそらく恨んでいた。絶対に親しみを込めて話したりはしなかった。曽祖父母の介護と映画館経営を両方やっていたから結を育てるのは困難だったのかもしれないと想像した。 「寄ってくか。せっかく来たし。」 結は、僕の頭をわしゃわしゃして、名残惜しそうにしながら玄関の引き戸を閉めた。 結は内見させてくれた担当の人に、もう少し考えることを言って名刺をもらった。 映画館の表に出ると大きな看板が目に入る。 「釣りバカ日誌。…すうさん、はまちゃんだ。」 結がぼんやりそう言って僕は、若い頃の西田敏行と三國連太郎の似顔絵を見てやっぱりちょっとぼんやりした。 「面白いの?これ。」 「これがおもしろくないって言う奴は、だいたいどれ見てもつまんないって言うんだろうな。」 「へえ。」 結の後ろを歩いて映画館のカウンターで 「釣りバカ日誌。大人2枚。」 チケットを買ったのは結だ。僕は見てるだけ。カウンターの横の壁面の張り紙が目に入った。 「結、見て。」 「ん?」 張り紙には“社員募集2名 月給20万円 月の輪映画劇場”と書いてある。 「え?」 「あ、えと。」 「ん?」 「社員募集してるみたいここ。」 「…だな。」 え、それだけ?僕の言いたいことわかんないのかな。 結は自販機にお金を入れて三ツ矢サイダーを2本買った。それから売店でサラダパンを2個買った。チケットと、サイダーとサラダパンを1つずつ僕に渡す。 「後ろ?前?真ん中?」 「え。」 「席。」 「後ろ。」 「釣りバカは前で見るんだよ、ばーか。」 「はあ?」 1人で劇場に入って行った。僕を置いていくのは珍しい。不機嫌なんだろうか。なんだか、追いかけるのが気が引けて僕は劇場の1番後ろの席に荷物を置く。結が、前の席に座っているのはわかっている。でも、なんかちょっとわかってもらえないのが悔しくてそばに行きたくない。
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