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映画館の面接は、あっさり終わって1ヶ月後から働く事になった。今勤めている職場があるから辞めるまでの期間をくれたということ。後ろの家に引っ越すのも手続きもあるからバタバタするだろうと時間をくれたのだ。映画館の蒲田さんは何事もこちらの都合を優先してくれた。
僕は仕事を辞めるのは意外と大変だということを初めて知った。引き継ぎすることなんかないと思っていたが、僕はクセの強い取引先の仕事を押し付けられていたということを引き継ぎのタイミングで初めて知った。営業さんの言うことをただ、“はい、はい。”って聞いていたし、仕事は何も考えなくてもすんなり校了になることが多かった。山下さんが残念がってくれたから、僕は割と役に立っていたのだと思うことができた。
結も、仕事を辞めるために引き継ぎが大変らしい。2人で引越し先に荷物を運び入れる時にポロポロ愚痴をこぼしている。
「結、頼りにされてるんだね。」
「違うよ、アイツらは面倒なことを俺に押し付けたいだけなんだよ。俺、面倒臭いのは全部片っ端から全部とっとと片付けちゃいたい派だから。」
「それは、自分から仕事を呼び込んでるようなものだね。賢い人は仕事してるふり、忙しいふりをして自分に仕事が来ないようにするもんだよ。」
「は?そいつは使えねーヤツだよ、金返せって言ってやれ。」
「確かに」
2つのベッドを別々の部屋に運び入れた。
「糸、…個室なんかいるか?寝室ひとつにしてもよくない?」
「いや、個室は欲しいと思う。子どもじゃないし、もし喧嘩したらさ…。」
「そかそか。」
「一緒に寝たい時はどっちかに集まれば良いし。」
「……だな。」
結、また何か先のことまで考えてる。別に僕、変なこと言ってないけどな。
無印良品で買ってきたカーテンをカーテンレールにつけてる。カーテンがつくだけで人が住んでいる感じがしてくる。
「いいね、すごく。」
「うん。」
結の反応が小さい。ずっと何考えてるのかな。
「結?」
「ん?」
「いいよね、カーテン。」
「うん。」
焦ったい。思ってることあるなら言えよって、思う。言葉を頭の中で用意している最中なんだろうけど大事そうなことを言う前の静かな雰囲気で、僕の胸がざわざわする。
カーテンが入っていたビニールをわしゃわしゃ集めて、紙袋に入れる。結に後ろから肩を抱かれた。
「え、結?」
僕が振り向くと、キスされた。顔が離れると結が俯いた。
「どうしたの?」
「もし、糸が後悔したらって思うとちょっと怖くなった。」
自信あるように見せてくるくせに、弱気なところもあるんだ。
「俺の親、仲良くなかったんだ。事故で死ぬ前も車の中で言い合いしてたから。」
僕は結を抱きしめた。カーテン越しに夕陽が部屋に光を放つ。
「そっか。ねえ、結。僕が、もし喧嘩したらって言ったから不安になったの?」
結が鼻を啜る。泣いているのが分かった。頭を優しく撫でてみる。
「もし喧嘩したら、仲直りしようよ。きっと今よりも仲良くなれると、僕は思うな。それに」
「…ん?」
「僕が後悔しなくても結が後悔するかもよ。」
「なんで?」
「僕、結に対しては結構わがままなんだよ。」
そう言って、僕は涙で濡れた結のまつ毛に指で触れてから唇を重ねた。
「楽しみだね、来週引っ越してくるの。」
僕が言うと、結がにっこり笑って僕を抱きしめてもう一度、今度は長いキスをした。
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