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今の会社に来るのは今週末までだ。
最後の仕事もクセのある取引先の案件で、デリヘルのホームページのビジュアルデザインだった。こんなサービスが欲しい人たちがいるんだと感心するくらいだった。
「深沢、これだと上品だからもっと下品にしたいんだって。」
「わかりました。」
ピンクと黒と濃い紫のレースとか蝶々とかいかにも性風俗なビジュアルで、1番人気の半裸の女の子を配置したり、40代の人妻のキャストも目隠しして貼り付けたり。店名も、ギラギラさせた。
「変な名前の店…」
僕は最後の仕事と思っているから深夜までかかって残業している。
「ずっとこんなの見てると勃ってくるんじゃないの?」
後ろから声をかけられて振り返ると野上さんだった。僕は、この人のセクハラには慣れてきている。
「やっぱさ、君みたいな童貞はプロの人に抜いてもらうの?」
モニターに顔を近づけて、揶揄ってくる。データを保存した。流石にこんな話に付き合っていられない。イライラするからアイコス吸ってこよう。
席を立って離れようとする。
「ちょっと逃げないでよ。」
「は?」
「君さ私のこと、なんで覚えてないわけ?」
野上さんは僕の肩を掴んで椅子に座らせた。
「あの。」
「君の右太ももの内側には黒子がある。」
確かに黒子がそこにある。でも、なんでそんなこと知ってるの?この人。
「ねえ、なんで辞めんの?残業キツい?会社がアパートまで用意してくれてんのに。贅沢だね、たった2年くらいで辞めるなんて」
「…あなたに何か関係ありますか?」
野上さんは、僕の肩を強く握りしめる。
「本当に私がわからないの?」
僕は、初めて野上さんの顔をじっくり見た。
「…え」
「本当、愛想ないよね。昔から可愛げない。」
知らない大人がたくさんいる市役所で横に座って見上げたあの日の母親の顔にそっくりだった。僕の深沢という姓は父のもので、父は僕が物心つく前に居ないものになっていた。
「大人になっても全然変わんないんだね。可愛くないよ。誰に似たの?」
「……さあ。」
「私の娘高1だけど君より笑ってさ、わがままで世話焼けるけどパパとも仲良しなんだわ。本当は上の子もいたけど、児童保護施設に放り込んだ。」
そうか。野上さんは、僕の
「それが君だよ。」
母親だ。
「僕に絡まないでください。あなたの事情は今後の僕の人生に全く関係ありません。」
ずっと、肩を掴まれている。僕にセクハラをしてきたのはなぜだったんだろう。
「君は母親に甘えたいと思ったことないの?」
「…忘れました。」
「あの頃私は君を愛したかったよ。」
僕は、ベランダで凍えていたことを思い出す。どうせもうあと数日しかこの人の顔を見ることはない。愛したかったと言うのなら、それなりの態度でいてほしかった。
「義父とセックスするたびに僕を外に出してましたよね。僕は寒かったけど、あなたは義父に抱かれて体を熱らせて。もっと欲しいって喘いでいました。あんな顔を見て僕が大人になったからと言って誰かとセックスできると思いますか?僕に対して愛したかったなんて、そんな嘘よく言えますね。」
野上さんの掌が僕の頬を弾く。とても乾いた音がするのにその音は鼓膜を激しく揺らした。
「君、父親にそっくり。気持ち悪い。」
「そうですか。」
僕の顎を持って顔をじっくり見る。
「言っておくけど。書類選考で君選んだの私。君の部屋探したのも私。恩を仇で返すなんて、最低な性格に育ったね。おめでとう。顔だけは綺麗。全部君の父親に似てる。」
顔も声も知らない、父親の話。
「父は…生きてるんですか?」
「はあ?何言ってんの?死んだよ。自殺。何があったか知らないけど。山の中で車閉め切って練炭自殺。君が育てにくくなったのはそっからだから。めんどくさかったわ色々。」
野上さんは、僕に跨った。
「あんな奴と結婚するんじゃなかったし、君なんか別にいらなかったけどね。君は、不幸な方が美しいかもしれないね。セックスがトラウマになってオナニーもできてない顔してる。母親としてはこのままでいて欲しい。死ぬまでピュアな子どもでいて。」
真っ直ぐに見つめられる。
「永遠にさようなら、糸。」
首を絞められた。
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