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「君を産んだの私だから君を殺すのも私。これ、私の権利で私の愛だから。」
今までだったら、別に死んでも良かった。でも今は、今の僕には結がいる。一緒に暮らすって決めた結がいる。
机の上に手を伸ばしてボールペンを掴む。野上さんの腕に力任せに何度か刺した。手の力が緩む。野上さんの両腕を掴んで、首から遠ざけた。
「あなたの都合に僕を巻き込まないでください。」
「はあ?」
「僕はこれから、好きな人と生きるんです。」
野上さんは我に帰ったように僕から離れた。
「君の幸せなんて誰も望んでないから」
「別にそれで構いません。」
「くだらないね、君。」
腕をさすりながら、フロアから出て行く後ろ姿を見送った。
モニターを見ると自分で作ったギラギラの下品なビジュアルデザイン。数分前の現実が遠い昔に感じる。また、マウスを握って仕事を続ける。僕のこの仕事で、会社がいくらもらえるかは全く知らない。
仕上げたデータを営業さんにメールして、アパートに戻った。
元々あったベッド以外、服ぐらいしか荷物がない。野上さんが用意した部屋だったとは。これが野上さんの愛情表現…。せめてもの親らしい行為。
僕がこの会社を受けたのは偶然だったのに。巡り合わせってあるんだ。野上さんが僕の母親…。
僕には親がいなくて良かったと、思う。野上さんが家にいるなんて煩わしい。
首を触って絞められた感覚を思い出す。
「ふふ。なんの権利があるんだよ。ばーか。」
涙がボロボロ溢れて崩れ落ちた。僕は声を出して泣いた。息ができなくて頭がぐらぐらするぐらい泣き続けた。こんなに泣いたのは生まれて初めてだ。
スマホが震える。結からLINEだ。
“今から行っていい?”って。僕は目を疑った。だって今午前2時。こんな時間にこんなこと今まで送ってきたことない。思わず、電話した。
『おう、糸。起きてた?』
「今、帰ってきたとこ。」
『随分仕事してるな。』
「終わったよ。たぶん、全部。今の会社の仕事、終わった。」
僕は話しながら涙も鼻水も流れてくるのを我慢できずに鼻を啜った。
『糸…風邪?』
「違うよ。」
『俺、さっき目が覚めて1時間くらい寝れなくてさー。』
「じゃあ、すぐ来て結。」
『なんか欲しいものある?』
「結。」
『ん?』
「結がいれば良い。だから、すぐ来て。」
僕は涙が止まらなくて、思ったよりもグズグズ泣いている。
『玄関開けて、糸。』
「え。」
『早くー。』
玄関を開けると結がいた。
「レンジ貸して。肉まんあっためたいの。」
ビニール袋を僕に見せて、にいって笑う。
「ちょっと食べると落ち着くから、食べよう。」
ずかずかキッチンに入って行って手を洗って、肉まんをレンジで温めてお皿に置いて僕の目の前に持ってきた。
「食べな。そんなにグズグズ泣いて。腹減ってんだろ?な?」
「ありがとう。結。」
受け取った肉まんは世界で1番おいしくて。そばで笑っている結は世界で1番愛おしい。
結局この後、朝日が昇るまで話して。僕も結も仕事を休んだ。お互い初めてのズル休みだった。お昼過ぎまでベッドで2人で抱き合って眠って、目が覚めても離れたくなかった。
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