③キレイ

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クリスマスが近づいている。だけど映画館にはクリスマスツリーは飾らない。備品にないからだ。クリスマスソングも流さない。有線が演歌と洋楽のヒットソングしか契約してないからだ。 映画館の仕事は接客の他にも掃除や映写の準備、次の上映期間の映画の準備や宣伝のための販促物作りなどがあった。 お客さんが来ない時間に僕はPCでチラシを作っていた。前の仕事が役に立っている。上映する映画のロゴを切り抜いて、日付と一緒に配置する。 PC作業に飽きたら、窓口の掃除をする。値段表示の禿げているカッティングシートは、黒いビニールテープで補修してみる。カッターでビニールテープを細かく切って貼る。近づけば補修したのがわかるけど、遠くからなら全くわからない。 「深沢くんは器用だね。」 オーナーの蒲田さんに言われた。 「ありがとうございます。」 僕が、褒められる場面に結がたまたま遭遇することが多い。その時、結はニコニコ笑っている。 お昼休憩も午後の休憩も結とずっと一緒にいる。 「糸、クリスマスどうする?」 「ん?クリスマス?」 休憩中に結に聞かれた。休憩は映画館の裏庭にいた。冬で寒いけど、なんとなく外が良かった。 「ホームアローンか、ジョーカーか?」 クリスマスから年末にかけては、早めの発注が必要だった。業者が年末年始の休みに入る。 「なんでジョーカーよ。ホームアローンだろ。てか、仕事じゃなくて。どっか行く?」 結の特別な日は意味なく出かけたいみたいな空気がひしひしと伝わってきた。 「…うーん。僕、別にクリスマス出かける習慣ない。」 「よしわかった、美味いもん食べてイルミネーション見てホテル行って高層階から夜景でも見るか。」 美味いもんて、焼肉かお寿司かな。 「……僕、結の焼きそばがいい。」 「クリスマスの話だよ?」 「だって、別に…。」 癖でアイコスを咥えてしまった。 「糸さ、それ。」 「あ、ごめん。」 「別に良いけどさ。」 「良いの?」 「でも、あんま体に良くないからな。」 「うん。そのうち、やめるよ。」 でも僕は結局、喫煙をやめられない。結は、ポケットからみかん味のフーセンガムを出して口に入れた。 「糸と一緒に食った初めてのオヤツ。」 「えと、みかんゼリー。」 「そ。もうすぐクリスマスだったな、あん時。」 「ゼリー、美味しかったよね。」 「な。どこ探しても今買えないんだよ。もう売ってない。みかんガムより美味かったな。」 「ふふ。」 結は、フーセンガムを膨らませた。 「白鳥園、懐かしいわ。」 「だね。」 「ゼリー食いてえな。」 「…売ってないんでしょ。」 「売ってねーな。」 映画館の1日に来るお客は多くて100人。10人も来ない日もある。リバイバル上映の名画座ならではの客の入りなんだろう。 「みかんゼリーもリバイバルしねーかな。」 「復刻版?」 「そ。」 だから、休憩時間はきっちり取れる。結が、腕時計を見た。 「そろそろだな。」 「うん。」 中に戻って、またPCをいじった。今日はお客さんが5人しか来なかった。
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