①結ばれた糸

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夕食は、その時にいる子全員で食べる。 月曜日、結は部活で帰りが遅い。バスケ部の練習は夜6時ごろまでかかって帰りは6時半ごろだった。 だから、浅野先生が僕に声をかけるのはちょうどいいタイミングだった。 「糸、少し話せるかな。」 きっと、倉庫で見たことを咎められて叱られるのだと思い、嫌な気持ちになっていた。談話室に連れて来られて、 「座って。」 優しい顔で言われた。 浅野先生は25歳で、子どもに優しい。どんな子でも浅野先生は怒らず話しかけていた。 僕は言われるままに座ると先生はジュースを出してくれた。 「ありがとうございます。」 「糸はお礼がきちんと言えて偉いね。」 他の先生は、夕飯の後自分の家に帰る。でも、浅野先生は住み込みだ。僕たちとほとんど一緒に暮らしている。 「…先生、あの。」 「糸。この前、倉庫で見たことは内緒ね。いい?」 やっぱり、僕が見ていたことわかってたんだ。 「糸。僕が、結をいじめてると思った?」 「…結、苦しそうだった…から。」 「糸、僕は結をいじめたりしてないよ。でも、絶対に誰にも言ったらダメだよ。」 「は…はい。」 僕はなんだかモヤモヤしている。結の魚みたいに跳ねた体に、浅野先生がしていたことも。思い出すと怖い。 家のベランダに出された時、義父が母に似たようなことをしているのがカーテンの隙間から見えた。母の股の間に、義父が股を押し付けて数日後『糸、お兄ちゃんになれるよ』って母が言った。 だから、僕はここからも追い出されるんじゃないだろうか。 「糸、ジュース飲んだら?」 「はい。いただきます。」 リンゴジュースは好きなのだけど、なんとなく僕は悪いことをしている気分になった。結と浅野先生の秘密を握ったからジュースを貰えたのかもしれないと。 浅野先生はニコニコしているけど怖いから聞いてみた。 「…僕、追い出されない?」 「え?」 「お義父さんもお母さんも僕を追い出した。誰かと誰かが仲良くなると僕は追い出されちゃう。」 浅野先生は黙って僕の話を聞く。浅野先生の顔色を伺う。どうやら、そこまでは怒っていないようにも見える。 「結と同じ部屋で一緒にいたい。」 拳を握りしめた。 「糸が心配するようなことは何もないよ。」 安心して涙がボロボロ溢れ始める。浅野先生が僕の涙を拭って、僕を抱きしめる。 「追い出したりなんかしないよ。大丈夫。」 「本当に?」 「本当だよ。だから、倉庫で見たことは僕と糸の秘密にして。」 「うん。」 僕は、結よりも自分のことを心配した。自分のことを1番心配するなんて、僕は浅ましい人間だ。 鳩時計が一回鳴いた。6時半だ。そろそろ結が帰ってくる。 「もし、結に僕と何を話していたのか聞かれたら、明日のオヤツはプリンだよって僕が言ってたって話して。」 「うん。」 僕には少しわかった。オヤツのこと。結が次の日のオヤツのことを知っていたのは浅野先生と誰よりも近い関係だからなんだ。 頭を撫でられて、それから僕は部屋に戻って帰ってきていた結にお帰りって言った。結は、ただいまって言ってニッコリ笑った。 スマホのアラームがけたたましく鳴った。 瞼が開くといつもの僕の部屋だ。殺風景で何もないワンルームのアパートの部屋。 …久しぶりに結の夢見たな。 昨日、白鳥園から誕生祝いのハガキが来ていて思い出に浸りながら缶チューハイを飲んだ。 白鳥園の時間は、外の時間よりゆっくり流れていた…多分感覚的な…体感でそう感じていた。 だから、18歳で高校卒業と同時に一人暮らしを始め印刷会社に勤めてから時間がすぎるのが早く感じる。朝起きてから寝るまでがあっという間だ。 僕の住んでいるアパートは会社の持ち物で、通勤には徒歩2分とかからない。鼻と目の先に勤務地があるのだ。 ベッドから抜け出て、トースターにパンをセットしてから顔を洗う。口を濯いで洗面所を出た頃にはパンが狐色になって僕を待っている。 コップに牛乳を注いで、キッチンで立ったままパンと一緒に胃袋に流し込んでいく。食べ終わったら歯を磨いて、仕事用の服に着替える。 夢で見た結の顔を思い出す。美少年。18歳になっても、結の顔は美しい少年のままだった。結が白鳥園を出てから、ずっと会っていない。僕の中では結はずっと18歳のままだ。僕が今20歳なのにおかしな話だ。
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