①結ばれた糸

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印刷会社の仕事は、9時から5時まで。 夕方は買い物をしに近くのスーパーへ行く。親子連れを見ると、母親の立ち位置を知らない僕は子どもなんか連れてきて煩わしくないのかと余計なことを考えてしまう。 スーパーにいる子どもは、おもちゃやお菓子をねだり、自分の機嫌で泣いたりする。中心は自分。子どもは他人のことなど考えない。カートを奇声を上げながら猛スピードで押している子どもがいるから子どもが来なそうな場所から品物を見ることにした。 僕の腰に勢いよくカートがぶつかる。後ろを振り向くと小学2年生くらいの女の子が、カートを握りしめて僕を見上げていた。女の子は「はあ?邪魔なんですけどー。」いかにも自分がルールみたいな顔をする。僕は、この子に対してどんな反応をするのが正解なのだろうか。1人の人間として叱り飛ばした方が良いのか、あるいは謝罪する方が正しいのか…。 考えたのは多分2秒ほど。また走り出そうとするカートに誰かの手が伸びた。 「おい、ガキ。親どこだ?」 手の持ち主を見ると、スーパーのエプロンをしている。僕の背筋が凍った。こんなこと、今の時代誰かが動画を撮ってSNSにあげたらどうなると思ってるんだろう。恐る恐る顔を見て更に驚いた。 「…結?」 「…え、糸?」 カートから手を離さない結を尻目に女の子はカートを置いてどこかへ行ってしまった。 偶然の再会に僕の心拍数は上がる一方だ。 結はスーパーで倉庫整理と検品業務をしていてリーダーらしい。いつもは店舗作業はほとんどしないが、たまたま店舗に用があって入ったらぶつかられた僕が見えたそう。ただ、僕とは気づいていなかったみたいだけど。 「じゃあな、気を付けろよ。」 「うん。」 「あ、良いこと教えてやるよ。」 「ん?」 結らしい言葉だと思った。 「うちの惣菜でアジフライが1番美味い。」 「へえ。今日の晩御飯それにする。」 「じゃあな。」 「うん、またね。」 4年ぶりに会ったのに、結は大した感動も見せずに仕事に戻っていった。こんなものかと寂しさを感じながら惣菜コーナーに行ってみる。 さっきの女の子が母親と一緒に惣菜を見ては、ラップをぐいぐい押していて嫌な気分がした。母親は気づいていない。 揚げ物は、ホットスナック用のケースに陳列されていてすぐには子どもの手が届かないようになっていた。ここだけは、躾の行き届かない哀れな子どもから守られている。そう思って中を見た。コロッケ、唐揚げ、トンカツ、白身フライ。蓮根肉はさみ揚げ、天ぷら、串揚げ。…。……。………。 無いじゃん、アジフライ。 よく見ると白身フライの隣にアジフライのポップがあった。2枚150円。 そっか、売り切れか。残念。じゃあ、唐揚げにしよう。アジフライには今度出会えた時にでも…。 「糸、アジフライ揚げたて。」 「え、結。」 結は、エプロンを外していてボディバッグを背負っていた。たぶん、仕事終わって帰るんだろう。 「売り切れてたから、揚げてもらった。教えたのに、売り切れじゃ悪いなって思って。」 「わざわざ、悪いよ。」 「いや、俺も食いたかったし。これ、2枚売りだから。ちょうど良いなって。」 「え。」 「一緒に食わない?俺ん家近いし。買い物したやつ冷蔵庫使って良いし。」 「食べる!」 僕がそう言うと、結が嬉しそうに笑った。もしかしたらこの時、結も僕と会えて嬉しかったのかもしれない。と、自分に都合よく再会を喜んだ。
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