①結ばれた糸

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白鳥園で結がずっと浅野先生の性処理に使われていることを知りながら僕は結をそこから救い出すことができなかった。白鳥園から出ることができた結が、自由になれていたら良いと願っていた。 僕が、中学1年の頃だった。 結は、高校受験の勉強を教えてもらうと言い浅野先生の部屋に度々行っていた。僕は、自分の勉強の息抜きに時々自室を出て園の中を歩いていた。浅野先生は確かに教諭の資格を持っていて勉強を教えてもらうにはちょうど良かった。けど、10歳の頃倉庫で見たことを思い出して、なんとなくみんなの部屋から離れた浅野先生の部屋の前に行ってみた。 部屋から聞こえてきたのは、あの時と同じ結が泣いている声だった。ギシギシとベッドが軋む音も聞こえて義父と母の行為が頭によぎる。広げられた脚、ねじ込まれる陰部。何度も出し入れされる。きっと結も。助けたい。このドアを開けて結を助けたい。僕は高まる心拍数に体が震えていた。拳を固く握るけどドアを開けることはできなかった。ドアの外、結の泣き叫ぶその声を聞きながら僕は背中に冷や汗を流して、救い出してあげられない自分を憎んだ。 結が部屋に戻ってくる頃、僕は寝ているふりをした。そんな僕の頭を結は優しく撫でた。僕が何も知らないと思っていたんだろう。 僕はわかっていた。これは浅野先生から結への猥褻行為であり、虐待であることを。 でも、誰にも言えなかった。どこにも帰れない僕たちは、ここで大人に逆らわないことしか生きる道がなかったから。 だからせめて、僕が結の味方であれるようにそばにいて時々抱きしめた。 トーストと紅茶の匂いがする。 「糸、起きて。」 頬を指で突かれてはっきり目が覚めた。 「ん?」 結の部屋に泊まった日は、結が朝ごはんを作ってくれる。 「朝ごはんだよ。」 「…何?」 「パンと目玉焼き。と、ほうれん草バターいため」 「豪華。」 「そう?」 「うん。」 ベッドから抜け出て顔を洗った。テーブルの前に座ってトーストにリンゴジャムとバターを塗った。 「いただきます」 また、白鳥園の夢を見た。僕は夢でタイムスリップできるんだろうか。どうせだったらできなかった事実だけじゃなくて、例えば結を浅野先生から救い出せたという展開になってれば良かったのに。それでいて、浅野先生は僕たちを大事にしてくれるだけの優しい大人に改心しましたっていう。 「糸、ジャムこぼしてる。」 「あ。」 テーブルにリンゴジャムが落ちていた。 結には浅野先生のことがトラウマになっている様子もなくて、立派なひとりの大人になっているようだった。 それに、僕に好きって言ったこともよく覚えてないみたい。酔った勢いだったのかな。 「糸、今日暇?」 「え?…家で洗濯するくらいかなあ。」 「洗濯いつ終わる?」 「え。帰って1時間くらい」 「だったら今日付き合えよ。」 「え?」 結がニッコリして、パンをもぐもぐ食べている。どこに何をしに行こうと言うんだろう。
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