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結に連れて来られたのは古い映画館だった。家から電車で1時間。本宮という初めて来る町。
「遠藤君、おはよう。」
「おはようございます。」
映画館の人は結の知り合いのようだった。
「その子は?」
「あ、恋人の糸。」
こ、恋人?待って!
「そっか。今日はローマの休日だよ。」
「へえ、見たことないけど。」
「名作だよ。ごゆっくり。」
結は、チケットを2枚買って1枚を僕に渡した。
「あ、お金。」
「いいよ、このくらい。」
「ありがとう。」
「うん。」
ていうか、さっきのどういうこと?
「恋人って。どういう…。」
「え?」
「いや、え?」
「まあ、良いじゃん。」
良くない!
結は、自販機でコーラを2本買って僕に1本渡してくる。売店で小袋のスナック菓子を2個買って、1個を僕に渡してくる。…カレースナック。僕はコーラにはポップコーン派なんだけど。
シアターに入ると1番前のど真ん中に進んでいった。僕は1番後ろの通路側の席に座りたい。
「糸、どうせ誰も来ないから前に来いよ。」
そんな大きな声で失礼なことを口にしてはいけない。
「僕は、後ろがいい。」
「前に来いって」
「やだ。僕は後ろがいい。」
「しょうがねーな。」
多分、僕が女の子だったら結とは付き合わないと思う。出かけた先で全部、結のペースだからだ。白鳥園にいた頃は僕のペースに合わせてくれたのに、今は合わせてくれないし、勝手に恋人にさせられた。
「たまには後ろもいいか。」
僕の隣に戻ってきて早々と席に座った。
「ここ、元は俺の死んだ祖父がやってたんだ。今は別の人がやってて、市の文化遺産になってるけど儲けないと潰れるからたまに来てる。いつも映画途中で寝るから全然覚えてないんだけど。」
「そうなんだ。」
シアターが暗くなってスクリーンに宣伝が流れる。
「俺を守ってくれなかった親族が残したもの、俺が守ろうとするなんてバカみたいだよな。」
「…そんなことないよ。」
結が、コーラの蓋を開けてひと口飲む。僕は結の隣に座った。
「俺は絶対、結婚しないんだ。」
「え。」
「守り切る自信ないから。家族に守られて来なかったし。」
そんなこと、白鳥園でも今までも、ひと言も言ってなかった。なんで今。
「だからやっぱさ、俺と付き合ってよ。糸。そういうの考えないで好きでいられるのって糸しかいない。」
映画は始まったけど内容は全く入って来なかった。
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