②埋め合う

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②埋め合う

僕はきちんと答えを出せないでいた。 結のことは嫌いじゃない。でも、恋人って何?わからない。結と付き合うって想像できない。ずっと一緒に暮らしてきたルームメイトだし、大好きだけど、それとは違う。 仕事中もぼんやりそんなことを考えてしまう。僕の仕事は広告デザインで、10月になるとクリスマス関連のキャンペーンの仕事も多くて“恋人”って文字を見るたびに動揺した。 「深沢、これもよろしく。」 「はい。」 渡された紙を見る。今時、紙で入稿なんてどんな古臭い原稿なんだろう。紙を手に取って見てみると“恋人割宿泊プラン!スキー場直行バス有り”。もう、いい加減にしてくれ。 頭が沸騰しそうだから少し席を立った。 喫煙所でアイコスを咥えてスマホを見た。結から今週日曜が休みだとLINEが入っている。もちろん会いたい。でも、恋人とは思えない。単純に同性だからだろうか。 “土曜日、ご飯食べようか。どっちの家にする?” そう返信して思わずため息が出た。 「何?彼女?」 喫煙所にいた野上さんという女性社員に言われた。40代半ばの第1デザイン部の社員で、僕とはフロアが違う。ちなみに僕は第2デザイン部。 「え、友だちですけど。」 「友だちにため息とか、めんどくさい話?」 「…いや、そんな。」 野上さんは普通のタバコを吸っているから煙を長く出した。 「深沢って、アイコス似合わないね。」 「え?」 「吸わなそうなのに。」 「こんなの、会社でしか吸いませんよ。ただの口実です。堂々と休憩したいから、喫煙者じゃないと仕事中トイレ以外席を立ちにくいので…」 「…そんなムキになるとか。」 別にムキになってるわけじゃない。ただ、プライベートに口を出されたことが僕をイライラさせた。 「前から思ってたけど、君童貞でしょ。」 仕事中、会社で堂々とセクハラ発言するこの人の気がしれない。 「……。」 「はは。図星。彼女とか恋人とかに対する反応が中学生並みだよね。免疫無さすぎ。」 録音すれば良かった。と、思う。言い返すのはめんどくさい。 「好き嫌いして、選り好みしすぎなんじゃない?君プライド高くて嫌な感じだからモテないよね。顔はいいけど。このままじゃ一生童貞だね。」 なぜ、この人は僕にそんなことを言うのだろう。僕が、この人に何か気に触ることをしたのだろうか。いや、全く覚えがない。 アイコスを吸い終わったから、何も言わずに喫煙所から出た。自分のデスクに戻る途中で結に“やっぱ土曜は結の家に行きたい”と送った。 デスクに戻って作業を再開した。イラストレーターのアートボードに“恋人”って文字を打ち込んで、ペンツールでハートを作った。 クリスマスが近づいてくる季節はいつも世の中浮かれやがってって、思う。 僕は彼女を作らない。そう決めている。結婚もしない。理由は、結が言っていたことに似ていて家族なんていらないからだ。僕は義父や母のように自分の子どもに無責任でいるなんてできないし、責任がのしかかるなら初めからそのリスクを背負いたくない。スーパーで僕にカートごとぶつかった子どもを育てたあの親のようにもなりたくない。 だから、結婚や家庭を持つこと、彼女や彼氏がいることがいかにも当たり前でいる考え方が僕には受け入れがたかった。まして、セックスを体験済みの人間の方が優位に立てる考え方は大嫌いだ! 僕は、モニターの中の“恋人”の文字の下にハートの図形を置いた後、キーボードのリターンキーを勢い良く叩いた。 「どうした?深沢。」 隣に座っている先輩の山下さんが僕に驚いた顔を見せた。 「いや、あ、あの。ハートが綺麗に作れたのでやったーって思ったら…つい。」 苦し紛れの言い訳。山下さんは騙されてくれるだろうか。 「へえー、見せて。」 モニターを見た山下さんは「確かに上手いな。俺にもデータくれよ。」って。 「ま、でもキーボード壊れるからあんまり強く叩くなよ。」 「はい、すいません。」 女性とのセックスの経験がないことはそんなに恥ずかしいことで、バカにされるようなことなのか。僕は、そういう映像にすら拒絶反応が出て吐いてしまう。喘ぐ女性の顔を見ると義父と母の行為とベランダの寒さを思い出して体が震える。 結となら、それができるのか。無理に決まっている。中学3年生だった結が、無理やりされて泣いている声を聞いた。そんな結にそんなことできるわけがない。 セックスをしたくない。しなくていいなら、……単純にずっと一緒に生きてお互いを好きで愛していると言えるなら……。 モニターのハートの図形の上の“恋人”の文字に心臓が跳ね上がった。 僕は、結が好きだ。それは間違いない。 …それならばいっそ。 スマホが震えた。結からのLINEだ。 “いいよ!土曜日うちで飯食おう。” 僕は結と付き合ってもいいんだろうか。
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