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きっと、これは運命だ。
半年前に傘を貸してくれた男性が、目の前にいる。
「あの、私のこと覚えていますか?」
サチは、おそるおそる聞いてみる。
「え?」
男性はじっとサチの顔を見たあと、小さく「あ」と声を出す。
「もしかして前にここで……」
「そうです!本当にありがとうございました!ずっと返したいと思っていて……」
サチはカバンから、いつも持ち歩いていた傘を出そうと、カバンをごそごそ動かすが、急げば急ぐほどなかなか傘が出てこない。
やっと傘を見つけ、カバンから手を取り出すと、一緒に財布とスマホが落ちてしまった。
男性は少し笑い、拾い上げてくれる。
「ご……ごめんなさい」
サチが言うと、男性は財布とスマホをサチに差し出す。
「いえ。あのあとちゃんとコンサートには間に合いましたか?」
男性の言葉にサチは少し顔を曇らせる。
「どうかしましたか?」
男性に言われ、サチは笑顔を作る。
「あ、はい!大丈夫でした。本当にあのときはありがとうございました。あなたが傘を貸してくれたおかげで……」
半年前のことを思い出し、心臓がきゅっと掴まれる。
おしゃれをして完璧だったはずの日に、傘が見当たらず、どうしようかと思っていたとき、見ず知らずの男性が傘を貸してくれた。
タクシー乗り場はたくさんの人がすでに並んでいて、このままだと間に合わない。そんなとき、彼が差し出してくれた。
返さなくていい、男性は言ったが、いつか返さないとと思い、毎日ずっと持っていた。
やっと返せてほっとしている一方で、どうしてもあのときの苦い思い出も一緒に蘇ってくる。
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