林檎でも

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林檎でも

林檎でも一緒にどうだ そんな言葉が似合うまだ幼い少女よ 苦悶に満ちた表情で少女は一切の身動ぎもせずぢっと前を見据え立っていたのでございます。 「私を買って」 彼女はそう言い男を呼び止めたのでございました。肌の露出が多く丈の短い白い足をさらけ出した着物と不似合いな派手な化粧の下にはまだ幼い少女の横顔を覗かせておりました。で一本路地に入ればこの裏通りは連込み宿だらけでございまして言わずもがな売春婦のめっかとなっておりました。男は普段ならば若作りの年増の売女になど目もくれず通り過ぎるのをなぜだかこの夜は少女の声に立ち止まったのでございます。がこの男は遊びという遊び酒も博打も全く無縁でございましたから女を買うなどという下世話なこともしない男だったのでございます。がなぜ立ち止まったのか、と申しますと、見たところまだ十五やそこいらの子供が体を売っていることに自分の気が咎めたのでございます。で男はちょうど今日が勤め先の町工場の給料日でございましたからその封筒の金の全てをその少女に差し出したのでございます。 「買ってくれるのねありがとう」 少女はまだ小さなその胸の前で手を合わせるように男を見つめたその目はひとつも穢れを知らぬ少女の目でございました。男は少女から目をそらせて申したのでございます。 「そんな僅かな金ではどうにもならんだろうがもうやめることだ」 男は懐に手を入れ夜の町から消えようとしたのでございました。が少女はその背中を掴み引き止めたのでございました。 「こんなにたくさんのお金はいけない」 少女にはやはりまだ良心も真心も棄ててなどおらぬことが男にはわかったのでございます。町の阿婆擦れ売女どもに染まるなと願ったのでございました。 「何かのたしにでもしろ」 自分の明日からの暮らしが文無しであろうと気にもせず男はまた立ち去ろうとしたのでございます。がやはり少女はその金を突き返そうとするのでございました。 「どうして」 そう少女は尋ねたのでございます。 「見るに堪えんわけがあるのだろう、お前が気の毒でかわいそうだ」 その男の言葉に少女は泪をこぼしたのでございます。で少しの間を置いて言ったのでございます。 可哀想だと思うなら買ってください
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