114人が本棚に入れています
本棚に追加
駆け引き
雲行きが怪しい曇天の空。家を出る前に見ていた天気予報では積雪を予想していた。
会社から徒歩圏内の新居。千種会とはもう関係ないからと選んだ立地は、彼等の取り仕切る島ではない。
気温は氷点下を下回り、厚手のコートを着て分厚いストールを首に巻いた。
手袋は見当たらず、ジンと悴む指先をポケットの中へとしまった。
昨日の発熱はすっかりどこかへ飛んで行ったが、この寒さだとぶり返しそうだ。
猫背姿でゆったりと向かうと、会社のビルの前で山田さんと遭遇した。
「おっす!」
「お、おう。吃驚したー。」
完全に服装をミスったであろう薄着な山田さんを背後から襲えば、本当に吃驚した様子で辛うじて握りしめていたであろうカイロを吹っ飛ばしていた。
流石に可哀想なので、通り過ぎてそれを拾い上げれば、むすっと険しい表情の山田さんと目が合う。
「お前、病み上がりだろ。なんでそんなに元気なんだよ。」
「馬鹿は風邪引かないし、もし引いたとしても直ぐに治っちゃうんですよ。」
「いやいや、馬鹿は風邪引いた事に気付かないんだよ。だから、お前は馬鹿だ。」
そう言って、しゃがみ込む私の額を指で弾いた。
容赦のない強さに私は顔を顰めた。
「なにするんですか!!」
「浮かれた顔しやがって....。で、昨日はどうだったんだよ。お前俺の連絡無視しただろ。」
「昨日は....―――――」
思い出してボッと火照りだす顔。
「もしや、襲ったのか⁉」
「いやいや、違いますよ。私病人ですよ⁉襲えるわけないじゃないですか。」
「―――…襲うってなにを?」
その声は、山田さんの声ではない。
はっと二人して振り向けば、そこには完全防寒の佐伯さんの姿があった。
最初のコメントを投稿しよう!