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その後、創士は用事があるからと、全会計を済ませ俺たち二人を店内に残し、仲間を引き連れて去って行った。
代わりにと置いていったジッポには、この洋風なフォルムには似付かない松の枝が描かれていた。
明らかに既製品とは違うそれは、「こっちで困った時は、俺の名前出せばいいから。」と、やはり男前な台詞を残していた。
それを受け取ってしまったが、当分こっちまで来ることは無いだろうと思っていた矢先、俺は卒業を期に就職で引っ越してくる事になる。
入社したのは小さな部品を作る町工場だった。
近くに借りた狭いアパートで始めた一人暮らし。朝から晩まで立ちっぱなしのつまらない仕事を繰り返す日々。
そんなある日に、休日の昼過ぎに思い立って車で出掛ければ、街中で創士の車を見つけた。
黒光りする車体は、中の確認が不可能な程のフルスモーク。
普通な定食屋の駐車場に停まっていたそれの横に付けて、俺は意気揚々と店内へと入る。
初めは怖かったが、結局良い人だった創士に、あの時の奢りの礼を返そうと思っていた。
そしてあの時俺にくれた松柄のジッポは、今では俺の相棒。
働き始めて買えるようになったあの時の上手い煙草。
....店内には、一組だけ。
以前よりもさっぱりとした髪型の創士は、今はかっちりとした一張羅のスーツを着て飯をかき込んでいた。
「創士さん....ご無沙汰です。」
今度は俺から声を掛けた。すると、創士は「おぉ、透じゃねーか。」と無邪気に笑った。
俺はあの日と同様に、創士の横の席に着き、創士と同じ定食を頼んで飯をかき込む。
既に食べ終わった筈なのに、創士は俺が食べ終わるまで煙草を吸って待っていた。
「元気にしてたか?」
「はい。お陰様で....」
「また遊びに来たのか?」
「いや、仕事が休みだったんで....俺、この辺の工場に就職したんすよ。」
「そうか〜。仕事楽しいか?」
「....楽しくは無いっすね。ただ安定ってこう言う事なんだなって実感してるっす。」
毎日同じことの繰り返し、地元を離れて一人になれば、不良だった自分が嘘みたいに思える程、従順な俺の姿。
決して高くはない給料。生活費に車の維持費を払ったら、残るのは雀の涙。
好きな女も居なければ、守りたい何かもない薄っぺらい自分。
あの後、何度も思い出した創士の姿。あんなかっこいい男になりたい。そんな気持ちが火が消えずに残っている。
「なら、お前....俺の弟分にならねーか?」
それは創士の気紛れだったのか、随分と軽やかな口振りだった。
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