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ーーー…生まれ育った場所から遠く離れ、この場所に住み続けた七年間。
記憶の中に色濃く残る雪の思い出と言えば、五年前のクリスマスイブの日だけだった。
そして、新たに刻まれた今という白い瞬間....。
『柏木組系一派千種会と九重組による抗争で死亡者合わせ重傷者多数。重傷者の中には、千種会の幹部も含まれている模様…』
雪の白に混じるのは、真っ赤な真っ赤な跡。
『両派閥は白昼堂々と抗争を繰り広げ、千種会総本部周辺では、数多くの銃声を聴いたと近隣住民から多数の通報が入りました。警察官等が現場に駆けつけた頃には…』
モザイクは意味を成さない。誰が見たところで、その赤くもやが掛かったそれは誰かの血液なのだと感付く。
普通に生きていたならば、他人事と取れる出来事。しかし、私は違う。関係ない筈なのに関係してる。この矛盾を解消する方法はどこにあるのだろうか。
昨日の昼休み山田さんと見かけたあの不穏な動きが....もしかしたら、元凶だったのかもしれない。
目を背けなければならない暗く黒い世界。
振り返れば何も無かったかの様に壁に塞がれていたのに、今は目の前に境界線が迫っている。
知らぬ間に助けたひとつの命。それを手放した後には、もう戻れない。
無かった事にしようものならば、私は私ではなくなる。
「ーーー高野?顔色悪いけど大丈夫?」
何事も無かったかのように振る舞うには無理があった。
仕事を終わらせて、密かに待ち合わせたお洒落な店で、私はどんな表情を浮かべているのだろうか。
一日前までの幸せな時間が裏返る。
「大丈夫ですよ。緊張してるだけです。」
これは正しい嘘だ。目の前の佐伯さんには、到底喋る事など出来ない重くどろついた話。
景気付けに開けた筈のワインは、乾杯のひと口から全く減ってない。
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