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佐伯さんが予約してくれたお店は、各テーブルに蝋燭が燈るそれはそれはロマンティックな雰囲気が漂う店だった。
こんなに素敵なお店は初めてで、知らずに不釣り合いな服装で訪れた事に恥ずかしさを覚える。
次々と出てくるコース料理はどれも見栄えが良く食べるのを惜しむ程の贅沢な品々ばかり....だけど、
「やっぱり出よう?」
「え、....」
そう言って、佐伯さんはナプキンで口元を拭うと、徘徊中のボーイさんを呼び付けた。
「まだ途中ですよね?最後まで....」
「ごめんな。気を使うような場所に連れてきて」
「いや、そんな....」
ことは、有る。確かに私には不釣り合いだし、今日は楽しめそうにない。
いくら口から嘘を吐こうが、顔色を読まれてしまえば、私はまだまだだな。
「本当は、今日大事な話をしようと思ってたんだ。だけど高野....ずっと上の空だし、」
それは不貞腐れている訳でもなく、只々私の事を心配しているように眉尻を垂らす姿だった。
大事な話ってなんだろう....。でも、こんな高級でお洒落なお店で、ってことは....それなりの覚悟を持たなくてはならない話に決まっている。
「とりあえず、もう出ようか。」
「....はい。」
テーブルでスマートに会計を済ませた佐伯さんは、先に立ち上がると私の方に回ってきて、椅子を引いてくれた。
店外に出れば、日中で溶けた雪で凍結した路面が街灯に照らされてキラキラと輝く。
そして店先にタクシーを呼ぼうとすれば、この雪の営業で一台も捕まらない。
「このまま歩いて帰るのは危険だよな....」
頭を抱えて独り言を吐いた佐伯さんは、徐に誰かに電話を掛け始めると、「ちょっと待っててな。今迎え頼むから」と、通話相手に親しげに話し始めていた。
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