知らぬが仏

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知らぬが仏

 入社直後、新入社員の研修担当として一緒に回ってくれたのは佐伯さんだった。  私の同期は少なかったが、男女問わず佐伯さんは憧れの的だった。  初めて受け持った仕事で、空回りして失敗してしまった時も、佐伯さんは一切怒らずに優しく解決策を提案してくれたり、悩み事が無いかなど、常にヒアリングを怠らず安心して仕事に慣れていくことが出来た。  大規模な会社ではないけれど、様々な部署から人気引っ張りだこな佐伯さんと共に仕事が出来る事を誇りに思っている。  見た目が格好良いだけに留まらず、常に冷静でいてミスも殆どない佐伯さんに憧れ、恋心を抱くのも時間の問題だった。  でも、仕事が終われば会社の王子様から、彼女さんだけの王子へと変わってしまう。 「よっ高野。まーたヘマしたんだって?」  佐伯さんによる研修が終盤に差し掛かると、王子の同期である山田さんに声を掛けられる機会が増えた。  山田さんは今も昔も変わらずフレンドリーで、社内ですれ違う度に何かと気に掛けてくれて、壁を一切感じないので男友達の様な感覚で接することの出来る貴重な存在である。  そんな山田さんに捕まったタイミングは、会社を出る直前だった。  夏目前で、夕方といえど外はまだまだ明るい。 「ヘマはしましたけど、佐伯さんが守ってくれたので部長からの怒りの鉄槌は回避出来ました。」 「ほんと佐伯がついてて良かったな。俺等ん時はトレーナーも放置プレイだったから、ヒーヒー言ってたぞ。」 「山田さんって馬面だなと思ってましたけど、生粋の馬男だったんですね!」 「馬鹿言えこの野郎。誰が馬鹿だ‼︎」  ふざけてみたら脳天に拳骨を食らってしまった。 「馬鹿とは言ってないですよ。....まあ強ち否めないですけどねっ。」 「この野郎っ俺をなんだと思ってんだ。」 「キャー助けてー!」  襲いかかってくる山田さんから逃れるべく社外へと飛び出ると、誰かの背中に顔面を強打してしまった。  しっかりと前を向いてたのに回避出来なかった事と、強打した鼻が痛過ぎて涙目になる。 「ーーー…おい高野大丈夫か?」  そして脳天から降ってくるのは、爽やか王子の声だ。  まさかと思い、顔を顰めながらも必死に上を向けば、さっき「お疲れ様でした。」と挨拶を交わしたばかりの佐伯さんが居て、私は目が合った瞬間に必死に頭を下げた。 「す、すみませんっ!」 「おい大丈夫かー?って、なんだ佐伯か。」  後から追いかけてきた山田さんが佐伯さんに気付いた様だ。
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