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見てはいけない。現実はそう上手くいかない。
私は観衆の中の一人だった。
振り返れば、画面の向こうでしか観たことがない熱い口付けが行われていた。
そこからの記憶が曖昧で、気付けば大衆居酒屋で山田さんと飲んでいた。
ガヤガヤと五月蝿い店内、彼方此方でビールのジョッキが次々と空く初夏の風物詩。
私の手にはビールの中瓶。目の前には大ジョッキ片手にかーっと喉を鳴らす男。
「ひぃー。やっぱ夏はビールだよなっ!」
「はい。そうですね....。」
明らかに元気な無い私を見兼ねて、山田さんは気を遣って喋り掛けてくるが、今私は酔えているのだろうかと不思議に思う。
いつもなら美味しく感じるビールも、今日は味気ない。だって、あの後なんだもの。
「まあ....あれだ。今日は奢ってやるから潰れるまで飲め。」
「珍しく優しいんですね。」
「俺はいつも優しいんだいっ。」
フンと自信満々に胸を突き出した山田さんに、私はついつい鼻で笑い出す。
何も始まってもいない恋に見事玉砕した私を笑うわけでもなく、元気付けようとしてくれた山田さんに感謝しなくちゃな....。
「因みにだが、俺アイツの彼女苦手なんだよ。」
「へぇ〜。何でですか?」
「いや、俺の野生の感が言ってんだ。」
「やっぱり山田さんって動物だったんですね。」
「うん。もうそれはいいや、とりあえず佐伯の女は綺麗なモノ以外受け付けない高嶺の花ってやつだな....。俺は綺麗な女は好きだけど、心が汚い女は大嫌いだよ。」
なんか分かる気がする。確かに表面上だけ繕っても、中身が駄目じゃボロが出る。
まあ、それを聞いたところでなんだってんだって話になるわけで....。
「つまりっ!俺は優しくて美人な彼女が欲しいっ!」
もうどうにでもなれよと、ジト目で見つめる私の頭の中は、すっかり平常心を取り戻していた。
その日から何度か仕事終わりに佐伯さんと彼女さんのペアを見掛ける機会が増えた。
まるで周りに見せつける様に、彼女さんの方から佐伯さんに絡みついて、そして牽制のキス。
いつしかそれが、ミュージカル映画みたいだなと思い始めていた。
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