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こんなファンシーで女子の大好きが詰まった様なお店で、場違いにも新たな人物が登場したのだった。
真っ黒なチェスターコートを羽織り、襟元はしゃんと上向きに、首に巻かれたストールは鼠色。そしてきりりとした目元をより一層冷徹に引き立てせるのは、チタンフォルムの眼鏡。この店内で誰よりも天井に程近い長身の男のお出ましだ。
豪く黒光りした革靴が、一歩一歩とこちらに迫りくる....。
「明香よぉ....“カタギ”さんに手出しちゃ駄目だろう。」
我々の前に立ち塞がった男性は、とてもじゃないが一般人とは言い難い。明らかに裏の人間に違いない。
「だって、訊いてよ京太郎。この女ったら、私に歯向かうのよ⁉」
「あ”?俺の話聴いてたか?」
随分とドスの効いた声色で....明香への怒りを露わとする男に、私たち三人は畏縮し言葉を発する事が出来なくなっていた。
女の連れで間違いない様子だが、とても危険な香りが漂うこの雰囲気に圧倒される。
一触即発とでも言い表そうか、危なかっしい地雷を踏んでそのまま動けない感覚だ。これ以上刺激したら、確実に吹っ飛ばされる....。
だからこれ以上余計な言葉を発しないでくれとそう願うばかり。
「―――…ごめんなさい。」
「違ぇだろ。お前が誤らなきゃならねーのは、この子だろ?」
とても怖いけど、その通りだなとついつい心の中で頷いてしまう。
すると女は不本意そうに、それはそれは表情を引き攣らせながら、私とは目を合わせずに「ごめんなさい」と謝罪してきた。
「おら、さっさとずらかるぞ。胸糞悪ぃ....。」
勝手をした連れを引き摺る様に、その男は女の腕を引っ張りこの場から背を向ける。やっと嵐が去るのだと油断していたら....。
「―――…姉さん悪かったな。」
突如としてお声が掛かる。
「あ、いえ....大丈夫です。」
本当は叩き返してやりたかった気持ちが、呆気に取られめっきり薄れてしまった。もういいから、さっさと帰ってくれ。
「それと、――――」
最後に一言だけ。そんな雰囲気を漂わせた男は、何故か佐伯さんの方に向き直り、彼を見下すと....。
「今まで御苦労さん。」と謎の意味深な言葉を残して去っていった。
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