日常の始まり

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『あれって…、まさかな。』 声を出すことができず、心の中で問いかける。 少女がそのような危ない場所に立っているのもだが、もうひとつ気がかりな点がある。 ただ今はそんな事を考えている場合ではなかった。 「ねぇ、きみ!」 彼女に届くように声を張って出すが、あくまで驚かせない程度に気を遣い声をかける。 「なんだ…人いたんだ。」 少女が言う。 その声が少し弱々しく発せられた様に感じる。 顔は外を向いたままの為、どのような表情をしているのかは伺い知れない。 「そんなとこで何をしているんだ?」 俺もそれに応えるように声を絞り出す。 「わからない?立っている場所を見てわかりそうなものだけど。」 確かに一目で予想はついた。 『どうする…どんな言葉をかければ良い…。』 脳内を思考が駆け巡る。 そんな思考とは反するように口から言葉が出てこない。 目の前の彼女は、一体どれほどの覚悟でその柵の向こうに立っているのだろうか。 今しがた飲み物を飲んだはずだったにも関わらず、何故か喉が渇く。 どれくらいの時間だろうか、少しの沈黙が続いた時だった。 「優しいんだね。きみ。」 声が聞こえて、思わず彼女の方に目を向ける。 先ほどまでは背を向けていた少女は少しだけこちらを振り返っていた。 「いじわるしてごめんね? 大丈夫だよ。実は死のうとは思ってないんだ。」 そう笑いかけてくる少女の言葉を聞き、俺は無意識にその場にへたり込んでしまった。 その間に少女は開いたままになっていた柵の入り口を抜けて、俺の目の前へ来て言った。 「わたしは亜咲夏海。 少しだけお話ししませんか?」 そういって笑いかけてくる彼女を見て、俺は思う。 彼女のその姿は、夢で見た少女そのままの姿だった。
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