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「それでですねー。」
目の前の先ほどの少女のイメージとは全く別人のように饒舌に話していた。
夏海とそう名乗った少女は美羽と同じく本日入学の1年生。
入学初日の対面式をさぼった理由も、聞いてみるとくだらないものだった。
学校へ到着したのは良かったものの、式がはじまってしまっていた為屋上へ上がってきたということだった。
柵の扉が開いたままになっていたのに気付いて外を見たいが為に柵の向こうに立っていた、という真相らしい。
くだらない話をしながら、くるくると変わっていく夏海の表情をただ眺めるだけでもよかったが、俺はひとつ疑問に思っていた事を聞くことにした。
「一つ聞きたい事があるんだ。」
「はい。どうしましたー?」
「君は飛び降りる気はなかったと言った。
それは事実だとは思うけど、何か気の迷いみたいなものはあったんじゃないか?」
その言葉を聞き、先ほどまではニコニコとしていた夏海の表情が僅かに曇った。
「どうしてそう思うんですか?」
「見当違いなら申し訳ないけれど、とても演技のように見えなかったからさ。」
夏海は深くため息をつく。
「そっかぁ…。
正直に言うとそういう事を考える時もあるかもしれないし、あの時は落ち込んでいたかも知れないです。
でも、わたしには実行に移す勇気もなければ、悲しませたくない人たちもいる。
だから、大丈夫です。」
その言葉を聞いて少し安心した。
そのタイミングを計っていたかのように背では就業のチャイムが鳴り、体育館の方向がガヤガヤしだした。
「おい、みんな戻ってくるぞ。
そろそろ教室に戻ろう。」
「うん。ちょっと名残惜しいけどね。」
そういって目の前の夏海は先ほどのように笑いかけた。
それを合図に立ち上がろうとした時だった。
気付かぬ間に夏海が目の前にいた。
その夏海が囁くように言う。
「今日はお話聞いてくれてありがとうございました。
これはそのお礼…。」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
目の前には目を閉じた夏海の顔があり、唇には何かが触れているような感触。
どのくらいの時が経過しただろうか。
5分にも10分にも感じさせる一瞬が過ぎ去り、夏海の顔が静かに離れていく。
「それじゃあ、また。」
その言葉とはにかんだ笑みを残して夏海は階段を駆け下りていった。
そんな夏海を見送り立ち上がるまでに、少しの時間を要した。
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