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それは盛大な勘違いだ。顔を見れば嫌味ばかり、直接的に村の仕事に貢献しないカヤの染色に対して、さっさとお役御免になれと言ってくるような奴に、好感なんて存在しない。
言うと、ラウテルは苦く笑う。
「敵ながら、ちょっと同情したかな。まあ自業自得だけど」
「もう、なんなのよ。説明してほしいんだけど」
「言いたくないな。言うにしたって、それはずっと先の未来」
ようやくいつもの空気になったラウテルと再び歩きはじめ、けれど奥宮へは向かわず、別の方向へ足を向けた。
いくつかの扉をくぐり、何度も角を折れる。はぐれたら元の場所に戻れない気がして先導するラウテルの袖をつかんだところ、すぐに手を取られた。大きくてあたたかい手のひらに緊張がゆるむ。
しばらく歩いたのち、先が開けた。周囲を建物に囲まれた四角い敷地だが、青空が見える開放的な庭である。
敷石、苔むした岩、せせらぎ。
東庭園と呼ばれる手法で造られた美しい庭だが、もっとも目を引くのは中央で咲く薄紅の樹木だろう。
王家の庭にあると噂されるが、誰も本物を見たことがない。幻の木・万年桜。
「びっくりしてくれた?」
「……こんな貴重な、部外者に勝手に見せていいものじゃないでしょ」
「許可は得てるよ」
王家の至宝、決して枯れない幻の花。万能薬とも噂され、王家の者しか辿りつけない場所に隠されている。
ゆえに、その場所は王族の嫁乞いの地で、望む女人へ桜を捧げ、生涯枯れぬ愛を誓うのだという。
嘘か真か。戸惑うカヤの手を引いて、ラウテルは桜の下まで歩を進めた。
見上げると、わずかな風で揺れる薄紅の合間から青が見える。
「綺麗。この色を移せたら素敵ね」
「そんなこともあったらしいよ。宝物庫に残っている布は、色が褪せちゃってるけど」
それはつまり、エゾラの民が王族の誰かと結ばれた過去があったということ。
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