王子殿下の専属染色師

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「どうもうちのご先祖様は、桜色へ染めることを願ったらしいんだけど、僕は違う。カヤが染める色は、生涯僕の色だけがいい。ずっと僕を見て、僕に染まってよ」  エゾラの民にとっては殺し文句なのだが、はたしてラウテルに自覚はあるのだろうか。  ぼんやりしているように見えて、意外と計算高い彼のこと。知っていて敢えて素知らぬ顔をしている可能性もある。  だけど、結局どちらだっていいのだ。  知っていようがいまいが、カヤの心は変わらない。 「私は五歳のころからラウしか見てないよ」 「うん、知ってる」 「知ってて言うんだ」 「だって、それとこれとは別だろう? 嫁乞いの言葉は大事だって、兄上たちも言ってたし。頑張ってこいって送り出されたよ」  とんでもないことを聞いた。  今のこれは、ラウテルの家族が知っていてお膳立てしたということなのか。 「カヤの明日の衣装は、お披露目の衣だからね。カヤに染めてもらった僕色の袍をお揃いで着るの、楽しみにしてる」  三つ葉を機にいろいろ変化するとは思っていたけれど、こういう方向に変わるとは思っていなかった。 「私、三つ葉の式が専属として最後の仕事になると思ってたの」 「ある意味ではそうだよね。王族の専属染色師じゃなくて、僕個人の専属になるわけだし」 「やることは同じじゃないの?」 「専属と四つ葉を作った場合、色味が少し変わるらしいよ。優しい色だとか、発色が良くなったとか」  それはおそらく、見え方が変わるせいだ。瞳に映る愛しいひとは、想いを交わす前と後では違うはず。もしも今、カヤが彼の色を移せるのならば、これまでとはまったく違った色になると確信できる。  たしかに王族の専属としては落第だ。  正しく瞳の色を移せないのならば、専属の名折れである。 「じゃあ、今のカヤが見る僕の色、試してみる?」  差し出されたのは、ラウテルが纏っている白い羽織。  まっすぐに向かってくる金茶色の瞳は、いつもより近い距離で見ると、光に透けて赤く輝く光彩があることに気づく。  緊張からぎゅっと握りしめた羽織に広がったのは、金茶ではなく薄墨色。  唇から熱が離れるまで、薄闇の色は絶えることなく生まれ、胸元に、背中に、色を移す。  それが意味する行為を推察した周囲の者たちから、あたたかい視線を向けられてカヤの頬が赤く染まるのは、すこし先のこと。
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