彼女の仇討ち紀行

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「大事な話があるの」  早柚(さゆ)から真面目な顔で切り出され、ぼくはとうとう来たか! というおもいと、え、ちょっとまって、まだ心の準備が……というおもいの板挟みになった。  就職五年目の二十七歳、同棲を開始して二年。大学の友人からは、結婚の報告がぼつぼつ届きはじめている。いつかは自分の番が……と思ってはいたが、それが、いま? どうして急に、もしかして、できちゃった? ウソだろ気をつけていたはずなのに。もちろん、何ごとにも百パーセントの大丈夫ということは無いわけだが……。 「ねえ、ソウちゃん、聞いてる?」  早柚の声でわれにかえると、テーブルの上に書類が広げてあった。えっ、婚姻届まで用意してるの! 「せめて指輪の準備を……」 「やっぱり、全然聞いてない」  早柚は小さな爪の先で、書類の先頭をコツコツ叩いた。青いゴシック体で書かれているのは『婚姻届』……ではなく『(かたき)(うち)(とどけ)』の文字。末尾には早柚の丸っこい血判と、『受理』の大きな四角張った判子が並んで押されていた。 「あたし、仇討ちをすることが決まったの」  早柚は言った。 「だから、もうソウちゃんとは暮らせないよ」 sayu@仇討ち始めました 会社に申請していた仇討ち休暇が、やっと受理されました。 引き継ぎも二日かかってようやく完了。出発前から疲れてしまった… 明日からは、しばらく修行と情報収集の毎日です。運動が苦手なので、心配。 今日ははやめに寝ます。 ――頑張ってください、応援します!!! ――フォローさせてもらいました、頑張ってください。こんなこと書くとアレだけど、美人さんですね(ハート) ――引き継ぎがたったの二日?会社ブラックやな >コメント一覧を表示(9,872)  早柚がSNSを始めたことは、大学時代の友人が教えてくれた。ぼくは早速アプリをインストールし、彼女をフォローした。 「フォロワー二万人? まじかよ……」  早柚らしい簡潔な投稿文の下に、とんでもない量のコメントがぶら下がっている。どんなことが書いてあるのか気になって一つずつ読んでいると、昼食から戻ってきた後輩に声をかけられた。 「あれぇ、その人」  そう言って早柚のプロフィール写真をゆびさす。お前、めちゃくちゃ堂々と人のスマホを見るな……と思ったが、後輩はかまわず続けた。 「仇討ちのsayuさんですよねぇ。おれもフォローしました」  早柚とぼくとの関係までは知らないらしい。今となっては、ぼくにもよくわからないのだけど。
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