彼女の仇討ち紀行

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 明治六年(一八七三年)に仇討ちが禁止されてからおよそ二百年。改正仇討法の施行によって実質的に解禁された仇討ちは、いま国内で空前の大ブームとなっているらしい。 「日本人の勧善懲悪嗜好に完全にマッチしたコンテンツですもんねぇ。審査はめっちゃ厳しいらしいけど」 「え、そうなの?」 「そりゃそっすよー。合法私刑を認めるってことですからね! まあsayuさんの場合は、審査も通って当然ですけどねえ」 「お前に何がわかるんだよ」  訳知り顔にイライラする。後輩は気にせず自分の端末を取り出した。 「いやいや、これ見たらマジでそう思いますから。ほら」  見せられたのは、仇討ちのまとめサイトだった。これまでに仇討ちが受理された人びとの背景、仇討ちに至るまでの事情、その結果などが収集されているらしい。とんだ物好きがいたものだ。  早柚の事例は『新着』欄にあり、ぼくは読んであぜんとした。まさか、彼女の家族がそんなことになっていたとは……。 「……でも、こんな風に個人情報をさらすのってどうなのかな? SNSもそうだけど、仇の人だって見てるんじゃないの」  後輩は憐れむような目でぼくを見た。 「色々公開しておくほうが、何かと便利なんですって! フォロワーがたくさん付けばサポートしてくれるし、情報も集まりやすいでしょ」 「そんなもんかなあ」  その晩、ぼくはこれまでの早柚の投稿をひととおり読んだ。ぼくとの別れについて、早柚はひと言も書いていなかった。 sayu@修行中 刀と槍で迷って、結局刀を選びました。 日本刀って、すごく綺麗。芸術品ですね。 でも重いし、抜くのが大変! 師範は子どものころから真剣を振っていたということで、自由自在です。 私もいつか、あんなふうになれるのかな… まずは筋トレ、頑張ります。 ――ひゃあー真剣!sayuさん気をつけて! ――私も筋トレ中です!一緒に頑張りましょう!! ――かっこいい!今度動画もお願いします! >コメント一覧を表示(17,583)  会社を休職した早柚は、さっそく『師範』とかいう人のもとで修行をはじめた。  投稿文の下に、写真も貼ってある。白い胴着のような服を着て、こわばった笑顔で抜き身の刀を抱え持つ早柚。『師範』とかいう爺さんが撮ったのか、写真は微妙に傾いている。  早柚のフォロワーはあっという間に三万人を超えた。人気が出るのも当然だ。早柚は小柄で、ちょっと小動物っぽくて、守ってあげたくなるような女の子だった。そんな早柚が、真剣を持って家族の仇を討つだなんて。思わず画面から顔を上げ、とおくを見つめる日々。
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