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   思い余った私は昨日、リビングでくつろぐ両親に大きくなったら歌手になりたいから歌の練習がしたいとお願いした。  お父さんもお母さんも目を丸くして顔を見合わせ、それから私を見るともう少し頑張ればきっと上手に弾けるようになるよ、と慰めた。  それから私の発言などまるで忘れてしまったかのように自分達の商売道具であるバイオリンとチェロの練習を再開する為にそれぞれの部屋に戻ってしまった。  我が家はフルートの得意な七つ上のお姉ちゃんを筆頭に誰の目にも明らかな音楽一家で、家族が出演する楽団の演奏会などが開かれるとその演奏を褒められることも多かった。  そのたびに私は劣等感にさいなまれ、幼稚園の年中から習っているのに腕がなかなか上達しない自分が心底嫌になっていた。だからそうして慰められることも心底、嫌になっていた。  私の願いなんて誰も聞く耳さえ持ってくれない。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、みんなみんな大っ嫌い。  みんなの顔を落ち葉に例えて蹴散らしながら歩いていて、ふと後ろを振り返ってみたら、まるで竹ほうきで一生懸命掃いた後のように遊歩道が綺麗になっていた。ちょっとおかしくなって一人くすくすと笑った。落ち葉のように積もりに積もっていた鍵盤を上手く扱えないストレスがほんの少しだけ、片付いたような気がした。
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