理科室に忘れ物

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 そこには、彼女の、倒れた遺体が、あったはずなのだ。それなのに、無い。生きていたとでもいうのだろうか。そんなはずはない。でも、もし本当に生きていたのだとしたら。彼女が俺のスマホを持って、どこかに行ってしまったということなのだろうか。  今日の夕方。いや、それよりも遅い時間、生徒たちが下校した後、俺は彼女をこの部屋に呼び出した。その時は、殺意はなかった。むしろ逆に、幸せな気持ちだった。けれど、彼女の言葉が、全てを壊した。別れよう、と言われたのだ。その言葉で、世界が歪んで、気が付くと彼女は倒れていた。幸いだったのは、俺と彼女が付き合っていたことを、学校では秘密にしていたということだ。だから、俺と彼女がここで会うことは、誰も知らないのだ。倒れている彼女は美しく、見惚れそうになったけれど、俺は逃げた。スマホを忘れたまま。  心を落ち着けようと、深呼吸した。彼女の遺体がない、ということは、やはり彼女は生きていた、ということなのだろう。そしてそれなら、俺は犯罪を犯してはいないということになる。スマホが彼女の遺体の側に置いてあったらまずいと思っていたけれど、そうではないのだから、慌ててスマホを取り戻す必要はない。落ち着いて探せばいい。彼女も俺との事は秘密にしていたから、被害届を出したりはしないだろう。彼女と別れたことは淋しいけれど、それ以外は何も変わってはいない。  そう考えると落ち着いてきて、俺は帰ることにした。さっきまで夜の理科室が怖かったはずなのに、結局怖かったのは自分の犯罪のことだったのだろう、周りを見回しても、怖くなんてなかった。  けれど。
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