理科室に忘れ物

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 部屋から出ようとして。ぞくりとした。視界の端に、何かが見えた。人の足のようなものが。見間違いだと、唱えながら、頭のどこかから、見てはいけない、という声が聞こえてきたけれど、俺はそれを見ずにはいられなかった。  確かに人の足が見えた。やはり彼女なのかと一瞬思ったけれど、違う。彼女はスカートをはいていたはずだ。見えている足は、ズボンをはいている。どこかで見たようなズボンだ。誰なのか。覗き込もうとした瞬間、頭を何かで殴られたような衝撃を受けた。  俺は痛む頭を押さえながら、振り返る。痛みでぼんやりする視界に映っているのは、両手で、椅子を持った、彼女だった。その後ろが明るく見える。外が夜ではなく、まだ少し明るかった。そうして俺は気づく。これは、今殴られたのではない。あの時の、記憶だ。  そう、あの時俺は、逃げようとして。でも、思い留まったのだ。今ならまだ、彼女を助けられるかもしれない。そう思って、倒れた彼女に背を向けて、救急車を呼ぶために、スマホで電話をしようとしたのだ。緊張と恐ろしさで手が震えてなかなか電話ができなくて手間取っていたら、背後で気配がして。振り返ろうとした瞬間、頭にひどい痛みが走り、俺は倒れた。その時に見たのが、椅子を持った彼女だ。  首の力が抜けて、頭がカク、と傾き、最後に目に映ったのが、手から離れたスマホだった。それは確かに、教壇の側に落ちていた。  そうして俺は、自分が本当に忘れたのは、スマホではなく、自分の体だった、と思い出したのだ。
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