殺す相手を間違えました

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「いらっしゃいませ……」  ――翌日。僕はいつものように、カフェで働いている。ホールスタッフなんだ。今日もまた、いつものように店長の声を聞きながら仕事をこなしていく。  今日は平穏だ。クソみたいな客もいない。いいことだ。このまま、何事もなく一日が終わればいいのだけど……。 「おい、俺が頼んだのは、これじゃないぞ!」  僕の願いは届かなかった。客はメニューを取り出し、オムライスのところを指さしながら怒り狂う。  僕は注文表を確認する。客が指をさしているのは、「オムライス(トマトソース)」だ。でも、注文表には「オムライス(デミグラスソース)」と書いてある。なんだよ、間違えたのはそっちの方じゃないか。 「この店では注文間違いをするのか!?」  客はさらにヒートアップする。 「お客様、注文表には『デミグラスソース』と書いてありますが……」  僕は注文表を見せた。 「嘘をつくな!! 俺は確かに、『トマトソース』って言ったんだ!!」  この人の注文を聞いたのは僕じゃないんだけど。でも、そのことを言っても拗れるだけだよな。こういう時は謝るしかない。 「申し訳ありませんでした」  僕は渋々頭を下げた。 「今から作り直します」  僕はテーブルの上のオムライスを下げて、厨房に持っていく。そして、作り直してもらい、またホールに戻った。 「お待たせしました。この度は、大変申し訳ありませんでした」  僕は作り直してもらったオムライスを差し出す。 「ふんっ」  客は不貞腐れた様子で、オムライスを口に運ぶ。  ――そういうことがあったので、その日、僕はとても憂鬱だった。そりゃ確かに注文したのと違うのが出たらムカつくのはわかるよ。けども、言い方ってもんがあるでしょ。一体何様のつもりなんだ!  ……まだ仕事は終わっていない。今はとにかく、仕事に集中しよう。僕は気持ちを切り替えようと務めた。 「ご注文をお伺いします」 「ホットコーヒー一つ。ブラックでお願いします」 「かしこまりました」  僕は別客のオーダーを取る。その客は、先程、オムライスのことで文句を言っていた客の、丁度真後ろの席にいた。  その人は、とても穏やかな顔をしている。さっきの客とはえらい違いだ。でも、僕は苦手意識を感じてしまう。  というのも、その人はがっしりとした体格をしている。きっと、スポーツをやってるに違いない。僕は高校の頃、運動部員に目を付けられ、いじめられたことがある。だから、今でもスポーツをやってそうな人に恐怖心を感じてしまう。  僕が注文を取り終え、厨房に向かおうとした、その時である。 「店員さん。さっき、怒鳴られてましたよね?」  このお客さん、さっきのやりとりを見てたのか。まぁ、怒鳴り散らしてたからな。真後ろにいたら、嫌でも耳に入るか。 「はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」  悪いのは向こうなんだけどね。でも、客に責任転嫁するのはまずい。この人は事情を知らないしね。ここは素直に謝罪しよう。 「いえいえ、いいんですよ。私も、ああいうの嫌いですから。それにしても、あなた、随分と苦労されてますねぇ……」 「あ、ありがとうございます……」  なんだろう。この人、僕のことを助けてくれているみたいだ。 「お仕事中なのに、お引き止めして申し訳ありません」  その人は僕に向かって謝る。なんとも気の利いた人だ。そういうところも、さっきの客とは大違いである。 「ありがとうございますっ」  僕は再度、感謝の意を示すと、急いで厨房に向かった。
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