1.出会い

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1.出会い

彼に気がついたのは、ついこの前のこと。  まるで小学生のように大きな口を開けて、ビルから街を眺めている姿に思わず笑ってしまった。その様子は仕事に疲れていた俺を和ませてくれたのだ。 *** ビルの十二階に俺が勤務するオフィスがある。そして同じ階にあるのが、喫煙スペースだ。 オフィスビルの窓側に配置されたそのスペースは五人くらいが立って利用する広さ。煙が外に出ないように完全な個室となっていて、真ん中には大きな脱臭機兼灰皿が設置されている。その脱臭機が大きすぎて、喫煙スペースはかなり狭い。 ここを使用している社員は昔と比べてかなり少なくなっていた。以前なら満員では入れなくて、後で来るか…なんて諦めることもあったのに、今や利用者は多くても三人。自分の貸切になる回数の方が多いくらい。 ここはガラス張りで、景色が良い。道路を挟んだ向かいのマンションやホテル、オフィスビルが丸見えだ。覗きをする趣味はないが、煙草を吸っているときは、ついつい眺めてしまう。 営業先から帰ってきて、デスクワークをせっせと頑張って、ようやくのたばこ休憩。時計を見ると十五時を過ぎていた。喫煙スペースのドアを開けて、中に入り、脱臭器のスイッチをつけてタバコに火をつけた。 チラッと時計を見ると十五時過ぎ。明日のミーティング、資料間に合うかな… ぷかぷかと煙を吹かしながら外の風景を眺める。 天井まである大きな窓ガラスから街を見下ろすと、街は今日も何事もなく動いている。 忙しなく走る車、サラリーマンたちに紛れ大笑いしながら歩くマダムたち。太陽は夕方に向かおうとするアンニュイな光を地上に落としていた。 オフィス街にあるこのビル。周りはほぼ、ビルばかりだ。そして隣のオフィスビルの屋上に何気なく目をやった時、そこに人がいた。 こちらのビルより低く、狭い路地を挟んだビルなのでとても近く、屋上にいる人物の様子がよく見える。 クリーム色の作業用ジャンバーと紺色のパンツの男性で、茶髪の短髪だ。見た目の年齢は俺と同じか、もしくは年下。 大きな背伸びをしながら、柵にもたれて彼も前方の景色を眺めている。あちらさんも休憩中なんだろうな。 そんなことを思ってなんとなく見ていると、彼は大きく口を開け、景色を眺めていた。まるでデパートの屋上遊園地に連れてこられた子供のようだ。 俺が一本吸い終わるまでずっと、口を開けている。その様子がなんだか、可笑しくて俺は次の一本を吸うまで彼を見ていた。 (小学生かよ!) それが彼に気づいた初めの日だ。
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