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どうしよう、これはどうしたらいいんだろうか。
今、ものすごく一ノ瀬くんを抱きしめたい。俺ももっと君を知りたい、君が好きなんだと言ってしまいたい。
でも俺も一ノ瀬くんも男だ。さらにいうと彼の恋愛対象は女性。突然こんな告白したところで引かれるのは目に見えている。もしかしたら連絡も途絶えて、ビルの屋上の休憩だって気持ち悪がって出てこなくなるかもしれない。
その場に立ち止まってしまった俺を、不思議そうに見つめる一ノ瀬くん。そうか、これが高木の言っていた『気軽に出来る恋じゃない』ってことか。
「宮田さん、どうしたの?体調悪い?」
そっと一ノ瀬くんは俺の額に手を伸ばす。俺はその腕を手にとった。意外と筋肉がしっかりついた腕。ゴツゴツした手は、コンビニでモチモチ大福をとっていたっけ。
「大丈夫」
暴走してしまいそうな自分を抑えながらかろうじて笑い、一ノ瀬くんの手を離すと、彼は少しだけ、眉を顰めた。
真剣に恋愛ってやつを頑張ろうとしたけど、こんなに怖いものだったなんて。
嫌われることが怖い。好きになることが怖い。
友達でなくなることが怖い。会えなくなることが、怖い。
「…そうだ、宮田さん!来週の日曜日、暇だよね?」
離した一ノ瀬くんの手が俺の手をガシッと掴んだ。
「な、なんで決めつけるの。確かに暇だけど」
「ちょっと遠いけど、めちゃ美味しいパン屋があるんだ!一緒に行かない?」
***
パン屋が好きになったのは莉子がきっかけだった。それまではパンは好きだけど、わざわざ店を調べたりするようなことまでしていなかったんだけど…
『ここのパンが美味しいの』
そう言って無理矢理ドライブがてら、そのパン屋に向かって到着すると行列ができていて。パンごときに?と思っていたけど、パンを食べてその美味さに驚き、莉子にうまいと伝えた時、嬉しそうに笑っていたっけ。
それ以来、一人になってからも新しいパン屋が出来たらついつい寄ってしまうし、贔屓のパン屋にはたまに行くんだ。
しかも今回は一ノ瀬くんが誘ってくれたんだから、と日曜日に出かけることとなったのだ。
***
郊外にあるパン屋に行くため、車は俺が出すことにした。店は七時から開店で、人気のバケットはすぐなくなってしまうから、開店に合わせて着くように早く出ようということで待ち合わせ時間の今、まだ朝日が上がりきっていない。
俺はあくびをしながら待ち合わせ場所に停めた車の中で待機。正直、眠たいけれど、一ノ瀬くんとドライブできるのは嬉しい。
五分くらいして現れた一ノ瀬くんはGパンにクリームのパーカー。やはり私服になると同い年とは思えない。俺の車に気づいた彼が寄ってきて、助手席の窓をコンコンと手でノックしてきたので、俺はドアを開けた。
「おはようございます!待った?」
「いや、少しだけ」
「よかった」
車に乗り込んでドアを閉めると、俺はゆっくり車を発車させた。
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