3.ふたりのドライブ

3/3
前へ
/22ページ
次へ
お目当ての店まではここから四十分。ちょっとした早朝ドライブに、俺は年甲斐もなくワクワクしていた。だんだんと明るくなる空を見ながら、一ノ瀬くんとおしゃべりをする。 「宮田さんのラフな姿、初めて見るなあ」 「そう言えば今まで仕事帰りだったりだもんな」 営業で外回りが多いため、スーツを着ていることがほとんど。内勤の同僚はオフィスカジュアルな感じなのだけど。 「イケメンは何着てもイケメンだあ」 「どんなに褒めても何も出ないからね」 チノパンとシャツ、ニットのカーディガンはお気に入りのもの。一ノ瀬とのドライブに気合い入れてコーディネートしたことは、恥ずかしいから黙っておこう。 おしゃべりしながら車を走らせると四十分はあっという間で。店がある場所は山に囲まれた(つまり田舎の)少し小高い丘。数台準備されている駐車場には先客がいて、俺らが一番だと思っていたから驚いた。 車を停めて正面をみると、ようやく登り切った朝日が顔を直撃するので、たまらず外に出て背伸びすると朝の冷たい空気が肺に注がれる。 思った以上に空気が冷たい。道中、霧が出ていたのは放射冷却現象のため、朝は寒く濃霧に注意とラジオで言ってたっけな。 店は白い壁に朱色の瓦の屋根。この地域独特の瓦だ。ドアにはグリーンのリース。可愛らしい外観ではなく、ナチュラルなインテリア。 数人が並んでいたドアは五分くらいすると開き、中から背の低い店員がお待たせしました、と出てきて客を誘導する。俺らも続いて入店すると、店内にはパンの焼き上がりの良い香りが充満していた。 「うわあ美味しそ!」 一ノ瀬くんは嬉しそうにパンの置いている棚と睨めっこしながら、どれを買うか考えている。俺はバケットとクッペをトングで取ったあと、他に何かないかな…と店内を彷徨いていた。 「いらっしゃいませ。こちらのブール、いま焼き上がりました」 コック帽をした店員が大きなトレイを持って、棚にパンを補充すると、ふんわりと良い香りがした。その香りに抗えずについそのパンをドングで取ると、一ノ瀬くんが僕も欲しい、と俺の裾をひいた。 ふと見ると彼のトレーにはたくさんのパンが。 「食べきれんの?それ」 苦笑いしながら俺は焼きたてのパンをふたつ、自分のトレーに入れる。 他のパンも美味しそうで、名残惜しかったけれどとりあえず今日はこれまでだな、とレジに持って行き精算をする。受付してくれたのはさっきのコック帽の店員だ。 「男性二人組のお客様とは珍しいですね。お友達ですか?」 「ええ。二人ともパンが好きで」 「そうなんですね。なんだか嬉しいです。どうしても女性が多いですから」 ニコニコしながらパンを包んでくれる店員は割と顔が整っていて、ふとどこかのパン屋で見たような気がした。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

146人が本棚に入れています
本棚に追加