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ドライブのあと、一ノ瀬くんのマンションまで送った。車を停めて、じゃあねと彼にいいながらもお互いに動けない。
ふいに運転席の俺と助手席の一ノ瀬くんの目が合い、まるで磁石のように吸い寄せられて、彼に顔を近づけると、一ノ瀬くんは目を閉じ顔を開ける。そんな『キス待ち』の彼に俺はまた唇を重ねた。
柔らかい感触を確かめて、唇を離すと一ノ瀬くんは真っ赤な顔をしていた。
「…一ノ瀬くん。あの、さ。よかったら付き合ってくれないかな?」
彼はまだ自分の気持ちの整理がついてないと言っていたけれど、もう待ってられない。友達ではなく恋人になりたい。その気持ちは俺だけじゃないはずなんだ。一ノ瀬くんもきっと、分かっていると思う。
一ノ瀬くんは、じっと俺を見つめると手を伸ばしてきて、腕を掴む。そして小さく頷く。
「…宮田さんからの告白って、もしかして初めて?」
「うん。緊張するもんだな」
「うわ、モテる人の発言だあ」
そう言うと、照れながら見せてくれた笑顔。それはあの日見た虹のようにキラキラと輝いて見えた。
***
「宮田あー!お前また休憩しやがって!」
喫煙スペースでタバコを吸っていたら、高木がドアを開けて入ってきた。
「何?佐々木課長今日いないだろ」
「明日の朝イチの会議資料、間に合わないだろ!お前なー、もう一ノ瀬と付き合ってんなら、この時間にわざわざここに来なくていいだろうが」
時計を見ると十五時半。高木は窓ガラスから隣のビルを覗いた。
「あれ?あいつ、いないな」
「今週は出張なんだってさ。今晩帰ってくるよ」
俺がニヤニヤしながらいうと、チッと高木が舌打ちする。
「なんだよ、これだから付き合いたてのラブラブカップルはムカつく」
「お前だってラブラブだろ」
「飲み会の時に佐野と一緒に撮ったツーショットが康貴に見られてさぁ。昨日から口聞いてくれないんだ」
「…そりゃ、自業自得だろ」
俺はタバコの火を灰皿に押し付けて消した後、高木の頭を叩いた。
「あと半日で休みだ、頑張ろうぜ高木!」
「お前が休憩しなかったら、もっと早く終わるんだよ!全く…」
ぶつぶつ言う高木と一緒に喫煙スペースのドアを開けて、オフィスフロアに戻る。
窓ガラスの向こうには青空が広がる。明日もいい天気だと気象予報士が言っていた。それなら少し遠いところにあるパン屋に行こうかな。きっと一ノ瀬くんは嬉しそうに笑うだろう。
「これ美味しい!」
その笑顔を見て、俺は幸せを噛み締めながら笑うんだ。
【了】
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