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第33話 ほっとけない
キーアンとアックスの馴染みの宿屋の夫婦の知り合いで、コルディエ前の忙しない街道沿いの宿屋のおかみさんというくらいだから、もっと見るからに逞しい女性を想像していたのだが、いい意味で彼女にはそのような雰囲気はない。
小柄で華奢な体つきに、柔らかそうな白い肌。
おかみさんという呼称にはまだ若い彼女の、程よくふっくらとした頬には、常に微笑が浮かべられている。彼女のお腹はいっぱいに膨らんで、新しい生命がそこに息づいていることが見て取れる。
「それくらいやりますよ!下にも下ろしておきますから、お気をつけて降りていてください!」私たちの部屋で作業をしようとする奥さんを、私は必死で止めた。
「あら、でもお客さんにやらせるわけにはいかないわ」昨日と一昨日は朝が早かったから、おかみさんがこの作業をしているとは全く気が付かなかった。
てっきり、受付に座って帳簿やお金の管理やお客さんの相手をしているだけかと。
目の前で身重の女性が肉体労働をするのを、黙って見ているだけというのは
とてもできなかった。
そこへ、タッタッタッタッと先ほどの少年が上がってくる。
「まだ下ろすものはあるかい?」
「ちょっと待って」
私は少年を待たせて部屋へ戻り、ベッドのリネンを剥がして回った。
きっちり4人分のリネンを部屋の外に出すと、それなりの量だ。しかし少年は全て軽々と持ち上げると、また軽快な足音を立てて階段を降りて行った。
「気を遣わせちゃって、悪いことしたわね。もう少し遅く来ればよかったわ」
奥さんはバツが悪そうに言うが、私はとんでもないと首を振った。
「私がいる間は、これくらいやりますよ。そのお腹で急な階段の昇り降りも危ないですし、2階もやりましょうか?」
私が言うと、奥さんは考える素振りをした。
「もしあなたの予定が許すのなら、お願いしちゃおうかしら。その代わりと言ってはなんだけど、あなたの宿泊費分をサービスさせてもらうわ」
「そんな……もらいすぎです」
私は恐縮したが、奥さんは私の手を両手で包み込むように握って言った。
「ううん、安すぎるくらいだわ。1時間だけ仕事をしに来てくれる人なんか
いないし、一日人を雇うだけのお金なんかうちにはないの。あなたの時間を取ってしまってごめんなさいね」
「奥さん」階段から先ほどの少年が顔を出す。「下に降りるかい?」
「ええ、そうするわ」
少年は奥さんの手を取ると、転ばない様に支えて二人でゆっくりと下へ降りる。
「あなたもいつもありがとうね」
「いや、ただで住まわせてもらってるんだから、これくらいは当然だよ」
「今あなたがいてくれて、本当に助かってるわ。裏の井戸まで一緒に連れて行ってちょうだい」
奥さんと少年のやりとりが聞こえてくる。
井戸まで、ということは、奥さんは洗濯までしようとしているのだろう。
バランスの取りにくい体で井戸の近くなんか危なくて仕方がない。私は慌てて二人の後を追った。
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