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プロローグ
「これは、遠い昔のお話。長いとんがり帽子の魔法使いと、柔らかな長いドレスに身を包んだお姫様、荒くれ者で筋骨隆々な武闘家、そして白金の鎧に身を包んだ勇者は、世界を危機に陥れた魔王を倒すため、旅をしていました」
私は村の広場の端にある大きな木の根っこの、地面から飛び出ている部分に腰掛け、子供達に絵本の読み聞かせをしていた。
子供達は目を輝かせ、おはなしを聞いている。
「勇者たちは、ごつごつとした険しい岩山や水の豊かな森、砂漠や氷に閉ざされた街をめぐり、色とりどり、鮮やかに光る7つの石を集めていました。魔王に立ち向かう剣を作るためです。魔王もまた、自身の糧とするため、それらの石を血眼になって探していました。それはそれは厳しい旅でした」
頁をめくると、暗闇の中を進む勇者一行の絵が出てくる。
子供達は、ごくりと唾を飲んだ。
「勇者たちは魔王の城の在り処をつきとめました。
いよいよ、決戦の時です。
勇者の手には、7つのすべての宝石がはめ込まれた大剣が握られています」
次の頁は、白い光に包まれ大きく裂けた口を歪ませて苦しそうな様子の魔王と、剣を真上に掲げてその白い光を放つ勇者が描かれている。
「長い闘いの末、勇者は大剣の力で魔王を封印し、地下深くに閉じ込めました。その時、大剣から7つの宝石が弾け飛び、再び各地に散っていったのです。残った大剣は、青白い光を放ち、その輪郭は徐々に揺らいで、ついにはぐにゃりと大きく形を変え、巨大な瑠璃色の球となりました」
「ロナ姉ちゃん、瑠璃色ってどんな色?」
話を遮り、一人の男の子が訊く。
「そうねえ…。広い海のように、深くて鮮やかな青色のことよ」
「じゃあ、ロナ姉ちゃんの髪の毛は瑠璃色だね」
そうかしら、と、私は自分の長い髪を手櫛ですくって見やり、その男の子に笑いかけてから、おはなしに戻った。
「その時突然、空色の竜が現れ、瑠璃色の球をさらって飛び去って行きます。勇者たちは、その竜がどこから来たのか、そして瑠璃色の球がどこに行ったのか、知る由もありませんでした。瑠璃色の球は、この世界のどこかの山に眠っていると言われています」
そして私は本を閉じた。
「おしまい」
わっと子供達が賑やかになる。
「ねえねえ、竜はどこに行ったのー?」
「勇者さん、剣無くなっちゃったね」
「でももう魔王はいないんでしょ?」
楽しそうに話す子供達を眺めていると、スカートが引っ張られた。ふと見ると、4歳くらいの小さな女の子が、こちらを見上げている。
「私も旅に出たい!ねえ、ロナ姉、私、どうしたらいい?杖を作ったらいいかなあ」
女の子はそう言って、拾った小枝を無邪気に振り回している。
「旅はとても危険なのよ。おはなしは、おはなし。私たちは村で毎日楽しく暮らしているじゃない。このヴァイドゥーラの村にいれば、何があっても山の祠の神様が守ってくださるわ」
私がそう返すと、女の子は眉をハの字にして言い返してきた。
「でも、キーアンのお兄も旅に出たんでしょ?戻ってきたら連れて行ってもらうんだもん」
私は返す言葉が見つからなかった。
彼が旅に出たのか、無事なのかどうか、村の誰も知らなかった。
キーアンが姿を消してから、1か月が経つ。
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