鎖は静かに地に堕ちた

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 幸一はおもむろに立ち上がると、真由の部屋へと向かう。  リビングを出て、薄暗い廊下を歩き、階段を上った突き当りの部屋。  それが真由の部屋だ。   彼がここを訪れるのは、実に一年ぶりの事だった。  ぞっとするほど冷たいドアノブを回し、彼は娘の部屋に入る。  電気を点け、彼はベットの上に腰を下ろした。  父と娘の関係のように、部屋の空気は冷え切っている。  幸一は目を閉じ、ごろりとベットの上で横になった。  真由は高校一年生の冬ぐらいから、急にグレだした。  評判の悪い仲間とつるみ、学校も休みがちになってしまった。  家にはあまり帰ってこなくなり、帰って来たと思えば幸一の財布や家の金に手を付けていた。  それを注意した母親や幸一に、耳を塞ぎたくなるような暴言を吐き、言いたい事だけ言って飛び出していくような日々。  何か悩みがあるのかもしれないと何度も話を聞こうとしたが、それらは全て口汚い言葉と共に拒否されてしまった。  真由は、昔からそうだったわけではない。  高校一年生の夏くらいまでは、真面目で明るく親思いの娘だった。  思春期特有のちょっとした気難しさはあったものの、母親の手伝いをしたり、幸一とも話をしていた。  勉学や部活にも打ち込み、際立つような才能はなかったが親としては十分すぎる子供だった。  それがどうしてこんな事になったのか、幸一には皆目見当がつかない。  彼自身、そういった道から外れた行為に走った経験が無いため余計に分からなかった。  彼は立ち上がると、娘の机の上にあった小学生の頃のアルバムを手に取った。  運動会、遠足、学芸会……様々な行事に取り組む娘はいつも笑っている。  愛していた、誰よりも愛していたはずだった。  だが繰り返される心無い暴言と、取り付く島すらない態度。  学校や警察から度々入る連絡に、幸一は疲れ切っていた。  もしかしたら自分は、『真由』を愛していたのではなく『いつも笑顔で、勉強や部活に真面目に取り組む子供』が好きだっただけなのかもしれない、彼はそんな事を考えてしまっていた。  だがそう思ってしまうほどに、幸一の真由に対する愛情は冷めきってしまっていたのだ。  どこで間違ったのか、そう考えている時点ですでに間違えているのかもしれない。彼は静かにアルバムを閉じた。
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