3人が本棚に入れています
本棚に追加
2
今日の仕事、都会ではよくある「人身事故」ですね。そう、駅のホームで起きるヤツです。
ただ、どんな原因でお亡くなりになったか分からないから困るんですよね。事前に情報があるとアプローチし易いのですが。うちの会社、先入観があると仕事に差し障るとか、機密情報とか言って詳しく教えてくれないんですよ。今回も「駅ホームで飛び込み」と言われただけで、あと場所と。
まあ、文句を言っても仕方がないからやりますけど。
だって、ボクも生活がかかってますから。少々嫌な案件でも、受けなきゃ誰かに取られてしまいますので。そこが給料完全歩合制の辛いところですよ、まったく。
さてと、指定の場所に着きましたよ。
おー、いるいる。たくさん居ますねぇ。
ははっ、面白いですね。電車待ちの皆さん全員スマホを片手に下向いてて、遠くから見たらまるで首吊りしてるみたいで可笑しいですね。いやいや、笑ってる場合ではありませんよ。どれがお客様か、探すのが大変。
だって、皆さんお亡くなりになった方ばかりですから。
でも良いんです。上からターゲットの指定がありませんので、この辺りのヒト、適当に選んで連れて行きます。
と、言う事でお仕事お仕事。
しかし、誰にしようか悩みます。
出来るだけ将来性のあるヒトが良いですね。見たところ、そんな方ばっかりに見えるんですが、さすが都会。こんな時、優柔不断な性格は困りものですね。
あ、悩んでたら電車が入ってきましたよ。
ああ、皆さん一斉に飛び込んじゃった。
あああ、スマホ見たまま流れにつられてはねられたヒトもいっぱい居ますね。
まだたくさん居ますからそこから選びましょう。もういいや、あのヒトにしよう。
そしてボクは適当に近くの将来性のある若者に声をかけた。
「こんにちは、ボクこういうものです! あなたの忘れ物をお届けに参りました」
名刺を見せると例外なくキョトンとされる。無理もありませんね、「伝導死士ってナニ?」 ですから。
もう慣れっこですので、お客様が何を考えてるのかボクには分かります。だからこう教えてあげるのです。
「申し上げにくいのですがあなた、既に死んでますよ」と。
死んでいることを忘れているヒトに、ちゃんと思い出してもらうのです。が、さっきから怪しいヒトが横から睨んでいます。どうしよう。
「邪魔するな」
邪魔ってなに? とりあえず知らんぷり。
「邪魔するな」
しつこいですね。こういうのには付き合わない方がいいです。これじゃ仕事になりませんよ。
もしかして、こっち……ですか!?
嫌だなぁ、いかにも話が通じなさそうじゃないですか。やめやめ、今日はもういいや。相手が悪い、あれはたぶん壊し屋ですよ。生き人を死へ誘うヤツですよ。あんなのに睨まれたらこっちが危険だ。
ボクは現場を後にした。
去り際に振り返ると、あの壊し屋が、一生懸命にスマホを見ている生きた人間の首に縄をかけ、ホームに入ってきた電車目掛けて勢いよく引きずり込んだ。自分の身と共に。
「あなたは大丈夫ですか? 忘れていませんか? そうですか、それでは参りましょうか。迷える魂達よ」
(了)
最初のコメントを投稿しよう!