2人が本棚に入れています
本棚に追加
私、三ツ谷鈴は、きたる彼の誕生日のために、人生で初めて編み物を始めた。
彼と言っても恋人なんかじゃなく、ただの私の片想い。一原くんはとっても格好良くて、バスケ部のエースで、明るく優しい好青年で、男女共に人気のある、中々近付けない存在だ。
奇跡的に同じクラスとはいえ、住む世界の違う彼とはあまり話したこともない。
けれど誕生日に心を込めた手編みのマフラーを渡して、その温もりと共に精一杯の恋心を伝えるのだ。
そう息巻いて見様見真似で始めたものの、予想に反して、編み物道は長く険しい道のりだった。
「あーっ! また目飛ばしちゃった! この段最初からやり直し!?」
「……鈴もよくやるよね、編み物とか。既製品で良くない?」
「それじゃあ気持ちがこもらないじゃん……好きな人を想いながら編めば、きっと伝わる! 私はこれに懸けてるの!」
「いや、まあ、いいけどさ。でも、ぶっちゃけ彼女でもないのに手編みとか重い……」
「? マフラーの重さって関係で変わるの? せいぜい三百グラムくらいじゃない?」
「……物理的な問題じゃないんだわ」
呆れたようにする親友の菜都からの協力は得られず、完全な初心者である自分一人では完成まで程遠い。
余裕を持って始めたはずが、二ヶ月後の誕生日までに間に合うのか不安になった私は、放課後も学校に残り作業を進めることにした。
何処か良い場所はないかと探し回る内、ふと普段使用しない空き教室に思い当たる。部活棟もない旧校舎なら人も滅多に来ないし、静かに編み物をするならうってつけだろう。私は早速毛糸達を抱えて、目的地へと向かった。
「……、えっ」
「……あ?」
意気揚々と訪れた空き教室には、予想外の先客が居た。思わずお互い目を見合わせ固まる。
二つ隣のクラスで見かけたことのある、校則違反のピアスに明るい髪色。制服を着崩した、見るからに目付きの悪い男子生徒。やばい。不良だ。
しかしよくよく見ると、その手にあるのは武器の類いではなく、赤い毛糸と見慣れた編み針。そして手元の編みかけの作品は、お手本にしていた動画の物よりも目も細かく均一で、大層綺麗な逸品だった。
「……、師匠!!」
「はあ!?」
それが、私と二科稜雅の出会いだった。
*****
最初のコメントを投稿しよう!