1.圧倒的な魅力。

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1.圧倒的な魅力。

彼とは大学3年の秋、 会社の最終面接の会場で初めて出逢った。 待合室にいたメンバー20人の中で、 一際目立つオーラを彼は放っていた。 リクルートスーツという 没個性な服装でいるはずなのに、 周りの僕たちとは明らかに違う。 内定がかかる、 大本命の会社の最終面接だというのに、 僕は待ち時間の間、川瀬に釘付けになった。 色素の薄い髪と瞳、通る鼻筋。 180センチ近くはある身長、細いウエスト。 黒縁の眼鏡。 待合室から面接官のいる部屋に呼ばれる 順番は五十音順で、秋津と呼ばれた細身の 爽やかくんが最初に出て行ったのが見えた。 彼は何という名前なんだろう、 声が聞きたいと思った。 数分後、面接はかなりスムーズに進んで、 「神代さん」と呼ばれた唯一の女性が待合室を 後にすると、彼がひとつ咳払いをした。 もしかしたら僕と同じで、 順番が近いのかもとまた彼を見た。 「川瀬さん、川瀬由貴(ゆき)さん」 「はい」 返事をして、彼が立ち上がる。 待合室を出て行く彼の背中に向かって、 頑張れ、僕も頑張るからと心で声をかけた。 「岸野って観察力あるねえ。岸野以外の 同期入社4人のうち、3人を最終面接で 認識してたんだあ」 1ヶ月もの座学研修の最終日。 皆揃って定時で上がれるのも最後かもと 飲み会を提案してきたムードメーカーの 佐橋雄大が、 僕の話に深く感心したかのように呟いた。 「オレは秋津だからさ、トップバッター だったのよ。早く終わるのはありがたい けど、周りを見ている余裕はなかったね」 と佐橋の隣で笑うのは、爽やかくんこと 秋津昌美だ。 「私は、あの最終面接の時点で女性1人 だったことが驚きだった。え?まさか、 落とされるのに、わざわざ呼ばれた? って本気で思った笑笑」と誕生日席に 足を組んで座っているのが、神代綾。 そして。 「全く、覚えてない‥‥」 と頭を抱えるのは、僕の隣に座る川瀬由貴。 少しハスキーな声、目を惹く美貌とは裏腹に 内気で控えめな性格だと知ったのは、 入社して研修を受けてからだった。 「というか、岸野に応援されてたなんて」 「確かに、川瀬はイケメンだからね。 見た目でトクしてるでしょ?いろいろと」 佐橋が笑顔で川瀬に尋ねると、 川瀬は、とんでもない‥‥と溜息をつく。 「このハーフみたいな顔で、子供の頃は いじめられてたし。ずっと恋人はいないし。 恋人がいる佐橋や秋津が羨ましいよ」 「川瀬くん、内気なところが意外というか。 ねえ、好きな人はいないの?」 神代さんが川瀬に微笑みかけ、 その様子に秋津がオッと声を上げた。 「あれ?もしかして、川瀬狙い?」 「違うわよ。私だって、彼氏いるもん。 川瀬くんほどじゃないけど、イケメンのね」 「じゃあ恋人無しは、川瀬と岸野だけ?」 佐橋に謎の目配せをされ、 戸惑う僕の横で川瀬は言った。 「はあ‥‥誰とも付き合ったことないから、 恋人がいるって言ってみたい」 「えっ」 思わず大声を出して、口を押さえた。 「嘘だろ?どんだけ内気なんだよ」 「大学生活で、何してたんだ?」 佐橋と秋津が笑い出し、神代さんが嗜める。 「ダメだよ、笑ったら。で、何してたの」 「近所のピザ屋でバイト。周りと関わらな すぎて、ピザ作りめちゃくちゃ上手くなった」 「川瀬くん、サイコー」 「何だよ、それ」 「お前なあ」 ゲラゲラ笑う3人を見て、 言うんじゃなかったと落ち込む川瀬に、 僕は囁いた。 「大丈夫。僕も誰とも付き合ってないよ」 「ホント?」 川瀬との意外な共通点に嬉しくなって、 川瀬と微笑み合っていると、 笑い終わった佐橋が、こう言った。 「なあ。いっそ、付き合っちゃえば?」 「え?誰と誰が?」 訳が判らずそう聞き返した僕に、 今度は秋津が言葉を挟んだ。 「決まってるじゃん、川瀬と岸野」 「あら、いいかも」 それを聞いた神代さんが、笑顔で手を叩く。 「内気くん同士で、進展が遅そうだけど。 2人とも一途そうだし、うまく行くかもよ」 秋津が大きく頷き、川瀬を見つめている。 「川瀬。岸野みたいなタイプ、どう?」 「待ってよ、勝手に話を進めないでよ」 僕は慌てて、皆を止めにかかったが。 僕の横の当事者は、 僕を見つめながら頬を染めて言った。 「えっと、岸野さえ良ければ」 「はあ?!」 信じられない。 「川瀬、あのさ」 嬉しくない訳がない。 そう、嬉し過ぎる展開だ。 でも、同期全員の前では恥ずかしくて 本音を晒せない。 言葉が途切れた僕に、川瀬が呟いた。 「岸野って僕のこと好きなんじゃないの?」 「だよねー」 佐橋がまた僕に目配せしながら、同調する。 「オレは、川瀬を最終面接で見てたっていう くだりで確信した。そう思う川瀬の気持ちは よくわかる」 「で?実際の岸野の気持ちは?」 秋津に訊かれたが、言葉を濁して微笑んだ。 神代さんが、岸野くんと声をかけてきた。 「せっかく川瀬くんが岸野くんさえ良ければ って言ってるのに、岸野くんが曖昧なのは おかしいよ。私たちにバレたくないって 思ってるかも知れないけど、バレてるから。 もう白状しなさい」 「神代さん、怖っ」 そう佐橋が茶化すのを、秋津が制止する。 「じゃあ聞き直すよ。この期に及んで、 岸野が誤魔化す理由は何?岸野の気持ちには 研修を受けてて、同期全員気づいてたのに」 「‥‥え」 「川瀬、こんな優柔不断な奴でごめんな? 岸野に代わって、オレが謝っておくよ」 「秋津、全然気にしないで。まだ岸野には 覚悟がないんだよ。僕と付き合う覚悟が」 「川瀬まで、そんなことを言う?」 素直になれず、後に引けなくなった僕を、 佐橋の言葉がとどめを刺した。 「岸野。川瀬に女の子紹介してもいいか?」 「えっ」 「別にいいよな?川瀬、どんな子が好み?」 「ま、待ってっ」 川瀬に耳元で囁きかけていた佐橋を止め、 川瀬に向き合った。 「お酒が入ってるから言いたくなかったけど ‥‥川瀬、僕で良かったら‥‥付き合って、 ください」 「はい。よろしくお願いします」 言ってしまった。 満面の笑みの川瀬と対峙し、僕は赤面した。 こうして、同期全員立ち会いのもと、 大好きな川瀬由貴を恋人にすることに 成功した。 はず、だった。
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