空き巣殺しの七見さん

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「事件発生事件発生、第三区八番通りイレブンマンション十八階1803号室にて、空き巣発生。繰り返します……」  室内に響き渡るサイレンの音。  コンピューターに向かい合って座るオペレーターたちは、すぐに事態を確認する。そして、現場の近くにいるプレイヤーを位置情報から捜索。 「イレブンマンション一階の文房具屋に七見(ななみ)の存在を確認。至急空き巣の捕獲に向かわせます」  オペレーターは慣れた手際で仕事をこなす。  七見へ届けられた一通の電話ーー 「七見くん、君のいるマンションの十八階の1803号室で空き巣が発生しています。至急そちらへ向かっていただけますか」  オペレーターの口調から緊迫した空気が伝わっている。  事態は刻一刻を争うということを、言葉から感じられる。  それらを踏まえて、当然のように七見はこう返答した。 「あー、ごめん。今レジが渋滞しててさ、あと十分したら向かえると思うわ」 「…………えっ、ええええええええ」  オペレーター人生十二年、高校生の頃から始めたこのバイトだが、今まで一度もこんなことはなかった。 「ちょ、七見くん、状況を分かってる?」 「オペレーターさんこそ、こっちの状況分かってるんですか。レジは今一刻を争うんです。今レジを抜けたら、次来た時渋滞は更に長くなっているかもしれないんですよ」 「何で文房具屋がそんなに混むのよ。それに、文房具なんていつでも買えるでしょ」 「買えないから並んでるんでしょ。今世界で百本しかないダイヤモンド製の万年筆が売られているんです。私は最後の一本を手にしたんですよ。この状況が分かりますか」 「分かるわけないでしょ。何で万年筆をダイヤモンド製にする必要があるのよ」 「レアリティがあるでしょ。きっとこれSSRですよ」 「何がよ。それより、空き巣が逃げます。急いで追ってください」 「嫌だ嫌だ。私はこの万年筆を買うまでここから動きません……って、動かなかったせいで順番抜かされちゃったじゃないですか。どう責任取るつもりですか」 「あんた一人で何してんのよ……もう……」  呆れる、という域を遥かに凌駕する異常さに、オペレーターは頭を抱えていた。 「仕方ない。こうなったら私の秘密兵器を()()しましょう」 「何言ってんだこの小娘は」と愚痴りたくなる気持ちを必死に抑えた。 「私の秘密兵器、それはーー」 「それは?」 「それはーー」 「それは?」 「それはーーーー」 「それは??」 「それは???」 「はい、今ので一分稼げました」  カッチーーン、とオペレーターの頭の中で甲高い音が響いた。  苛立ちが収まらない。  オペレーター人生で最も最悪な場面に遭遇し、彼女はただ憤怒する。 「七見、いい加減にしろ。事件がすぐそばで起きている。解決に尽力するのがお前の役目だろ」 「私はーー」  大きく息を吸い、七見は叫ぶ。   「私はーー私のやりたいことをやる。後悔したくないから」 「な、何だその反論は!?」  七見の対応は自分では不可能だ、そう悟ったオペレーターは静かに通信を切った。 「よし、仕事も終わり」  腕を上に大きく伸ばし、一仕事終えたかのごとく席をたち、コーヒーマシンのもとへ向かった。コーヒーを五分で仕上げ、オフィスを出て休憩スペースへ向かった。  そのステップは軽く、スキップをするかのようだった。  朝陽に照らされる街を眺めながら、オペレーターは黄昏に身を焦がしながらコーヒーを飲み干した。 「さてーー」  オペレーターは再びオフィスへと向かい、マイク付きヘッドフォンをつけた。  腕をぐるぐると二、三度回し、勢いよくこう言葉を放つ。 「七見、仕事は?」 「ミッションコンプリート。もちろん、二つの意味で」  オペレーターの端末には、「空き巣逮捕後の指示を出してください」とのアナウンスがされていた。 「ダイヤモンド製の万年筆も買って、空き巣も捕まえる。そんな強欲さこそが、今時のヒーロー像だろ」  オペレーターは愛想笑いで返し、静かに通信を切った。 「はー、」  オペレーターは大きく息を吸う。 「めんどくセー」
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