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「コウちゃんって、キスしたことある?」
昼休み、いつものごとく敦貴の突然の質問に、飲んでいた牛乳が気管に入りそうになって焦った。
「な、ないよ」
「この間、美咲ちゃんとデートしたでしょ? そしたら、キスしないのはおかしいって言われてさ」
クラスメートの美咲と付き合うことになった敦貴は、この間の日曜日に初めてデートをした。
行く気のなかった敦貴だったが、百戦錬磨の恋愛マスターだという友人の福田のアドバイスを受け、デートに誘ったのだ。
「福田くんが言ってたの?」
「うん、普通は1回目のデートでキスするって」
「でも、人それぞれじゃないかな」
「女の子は待ってるんだって。ねえ、どうやってキスすればいいの?」
「いや、僕に聞かれても。福田くんの方が……」
「だって、あいつ、えらそうなんだもん。ちょっと何人かの女の子と付き合ったことがあるからってさ」
この手の話は得意じゃなかった。クラスメートたちがその話題を出せば、皇祐はそっと席を外す。経験もないが、どちらかというと、興味がないといった方が正しい。
「コウちゃん、練習台になってくれない?」
さらっと聞き流しそうになったが、敦貴はとんでもないことを言っていた。
「れんしゅう?」
「コウちゃんが美咲ちゃんの役をやってよ」
「無理だよ。僕は経験がない」
「経験ない方がいいじゃん。男がリードするもんだって、福田が言ってた」
敦貴のために何かしてあげたいとは思っているが、これはどうなのだろうか。
「だけど……」
「ねえ、お願い、コウちゃん」
皇祐の顔を覗き込み、じっと見つめてくる。
敦貴にお願いされると皇祐は断れない。そのことを本人はわかってやっているのか。毎度、疑ってしまう。
「コウちゃんは、何もしなくていいからさ、お願い」
「……わかったよ」
そして、やっぱり折れてしまう。
どうしても、敦貴のお願いするこの顔に弱いのだ。
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