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「おはよう、波川君」
「おう、おはよう」
そんな僕の朝は、割と同じパターンで始まる。支度をして自宅を出ると、大抵そのタイミングで近所に住んでいるクラスメートの小島笑里に遭遇する。小学校の時は、同じ通学班だった。中学に入ってからは通学班もないので一緒に登校する必要はないのだが、タイミングが合うからなのか登校の際彼女と出くわすことは少なくないのだった。
ちょっとぽっちゃりした丸顔にボブカット、カチューシャが特徴の女の子。小学校の時は、近所の友達も交えてよく公園でドッジボールをしたりして遊んでいたものである。今はお互い部活もあるし、男女の差もあるのでそういう機会はほとんどなくなってしまったが。
「波川君、文芸部楽しい?」
そんな彼女は、中学からは僕のことを下の名前の“結”ではなく、波川と苗字で呼ぶようになっていた。恥ずかしいのだろうな、と思う。同じクラスになってからも、なんとなく距離を取られている。まあ、中学生の男女がお互いに名前で呼び合っていたら、クラスメート達からからかわれるのも必至だからだろうが。
それなのに、登下校中に声をかけてくることは珍しくないのが不思議ではあった。特に、時間が合致する登校中が多い。
「うちのガッコの文芸部って、みんな本格的に受賞狙って頑張ってるんだっけ。凄いよね」
「熱意のある先輩が集まってるからな。あと、顧問の緒方先生が小説家を兼業してるから、いろいろ教えてもらいやすいってのもあるんだと思う」
「そっか。波川君も小説家になりたいんだっけ」
「まあ。自分に才能があるとか思ってるわけじゃないけど。……小島も吹奏楽部頑張ってるみたいで何よりだ。応援してるよ。この間見たけど、凄く良い音出てた。きっとうまくなると思う」
「ほんと?波川君に応援して貰えると、なんかうまくいきそうな気がするよ」
ちょっと褒めただけで、笑里は本当に嬉しそうな顔をする。彼女の笑顔を見ると、僕も明るい気持ちになった。やっぱり褒めた時、素直に喜んで貰えるのは嬉しいものだ。
「今日もお互い、頑張ろうね。私、波川君に褒めて貰えるのすっごく嬉しいから……もっともっと頑張っちゃうから!」
そんな些細な会話だけで、彼女はスキップでもし始めそうな勢いだ。前向きで羨ましいな、と少しだけ思う。
人のことはついつい褒めてしまう僕だが、実のところ自分の長所というものがまったくわからないという悩みをも抱えているのは事実なのだった。人の良いところならいくらでも見えるのに、見えるからこそ自分の駄目なところばかり目についてしまう。
――僕も、小島みたいに明るい人間になりたいな。
そうやって思わせてくれることもまた、彼女の長所なのかもしれない。一緒に正門をくぐりながら、なんとなくそんなことを思ったのだった。
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