笑里ちゃんは忘れ物をしない。

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笑里ちゃんは忘れ物をしない。

 中学生になると、小学校の頃とは違うことがたくさんある。  一番の違いの一つが、部活動だと僕は考えている。小学校の時は、学校の授業が終わったあとは各々の時間だった。塾に行く子やクラブ活動がある子もいるが、真っ直ぐに家に帰ったり友達と一緒に遊ぶ子も少なくなかったことだろう。  僕もその一人だった。中学校一年生になって、思っていた以上に小学校の頃と違うことが多い事に驚いている。部活、というクラスとはまた違った括りが非常に新鮮だった。ましてや僕が入った文芸部は、文化部のわりに熱心に活動している部活の一つでもあったから尚更に。 「目指せ!うちの部から受賞者排出!」  熱意のある部長が、ばばーんと横断幕を部室に掲げて宣言した。 「受賞者って言っても、大きな小説の公募とかじゃなくてもいいんだ。小さなWEBコンテストでもなんでもいい!とにかく、うちの部からなんらかの受賞者を出すんだってことが、現在の目標!……卒業した俺達の二つ上の先輩が、とある公募で佳作取ったのが最後になっちゃったからなあ」 「先輩が書いたんですか、あの横断幕。凄い字が綺麗ですね」 「よせやい、波川。お前はいつも流れるように人を褒めるー」  僕が言うと、先輩はちょっと照れくさそうに笑った。周囲から笑い声が上がり、僕もなんだか恥ずかしくなってしまう。昔から、ちょっとしたこともついつい口にだして褒めてしまうのが僕の癖だった。それがうざい、と言われることもある。もう少し控えなければとは思うものの、自分にできないことが出来る人はみんなかっこよく見えてしまうのだからどうしようもない。  文芸部なのに、一週間のうち平日は全て活動がある。  そして、結構遅い時間まで部室に残って、読書をしたり小説のプロットを相談したりというのがうちの部活だった。受賞歴のある在校生や卒業生は少ないものの、そういう部活だからか噂を聞きつけて将来の作家志望が入部してくることも珍しくない。地味な部活のはずが、部員が現在四十人を超えているのもつまりそういうことなのだろう。  同じ趣味の者同士で集まれば話は合うし、切磋琢磨もできる。将来作家になりたいと考えている僕としては、ものすごく新鮮で楽しい時間だった。  そして、日が落ちたくらいの時間になって解散し、一度教室に戻るのが僕の日課である。荷物を置いてあるわけじゃない。それでもただ、誰もいない教室で少しばかりのんびりしてから帰るのが好きなのだった。  電気をつけていない薄暗い室内に、オレンジ色の光が差し込む光景。日が短くなってきたら、味わうことができない独特の空気感がある。そういう教室の雰囲気を胸いっぱい吸いこんで、時にはちょっとしたメモを取って家に帰る。まるで詩人のような僕の、中学一年生の時間がそこにはあったのだった。
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