季節限定、桜餅。

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 鍵っ子の奈帆は、玄関がカチャリと鳴った音に反応して立ち上がった。母が仕事から帰ってきた! 「桜餅を買ってきたわよー!」 「みつみつ堂の桜餅! これ好きなんだよね!」  玄関で母は、みつみつ堂のレジ袋を軽く揺らしている。その袋には、店の看板キャラクターのミツバチが描かれている。メイン商品は豆大福やみたらし団子などの和菓子で、ミツバチは関係ないが。 「夕ご飯の用意までちょっと時間がかかるから、桜餅でも食べて小腹を満たしてちょうだい」 「いいの? やったー!」  小学5年生で成長期真っ盛りの奈帆はお腹ぺこぺこだった。大好きな桜餅をこのタイミングで食べられるのは嬉しい。  袋を受け取った奈帆は、ウキウキとしながらリビングのテーブルについた。  プラスチック容器の中には、桜餅が3つ並んでいる。奈帆と母と帰宅の遅い父の分。  自分の分だけ取り出して、桜餅の葉っぱごとパクリと食べる。葉っぱを食べるのは好みがあるかもしれないけれど、嫌いではない。葉っぱからじゅわっと塩の味がして、桜餅の餡が口の中に混ざり、噛めば噛むほど甘味が増してきた。 「おいしーい!」  すぐに食べ終わってしまったけれど、餅がお腹の中で膨れて満足感がある。カウンターキッチンから母が顔を出してきた。 「よかったわ。その桜餅ができるまでに色々と一緒に悩んだから、まるで自分の子どもみたいな製品なのよ」 「どんなことを悩んだの?」 「それはね……」  和菓子屋の店主は母の知り合いだ。親戚ではなく、仕事の。  銀行員の母が語り始めたのは、近所にライバル店ができたことで最大のピンチになった和菓子屋の店主との二人三脚の話。
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